・・・日頃慎ましくしていても、こんな場合の女はがらりと変ってしまうものかと、間の抜けた観察を下しながら、しかし私は身も世もあらぬ気持で、「結婚しようね、結婚しようね」と浅ましい声を出していた。 すると静子は涙を流して、「駄目よ、そんな・・・ 織田作之助 「世相」
・・・胸の病いなんてものは、ひどく月並みな言い方だが、よほど芯の弱い者でない限り気持のもち方ひとつ、つまり精神で癒せるものだ、また人間の性格なんてもののそう急にがらりと変ってしまうものではない。陽気な性格の者ははじめからそういう素質を持っているも・・・ 織田作之助 「道」
・・・という間もなく入口ががらりと開いて「お母さん、はいりました」と言いつつ弟は台所に上って、声を上げて泣きだしました、この時、始めて病人は「良ちゃん、よかったね」と、久し振りに笑顔を見せました。 其夜半から看護婦が来ました。看護婦は直ぐ病人・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・その時には地主も資本家やその他の、現在に於ける社会的地位が、がらりと変って来る。というようなことを喋ったものだ。 すると親爺は、「えゝい、そんな早よ、なりゃえゝけんど、十年や十五年でなに、そんなになろうに!──俺等が生きとるうちにゃ・・・ 黒島伝治 「小豆島」
・・・果してその夜、先生はどたばたと宿の階段をあがって来て私の部屋の襖をがらりとあけて、「山椒魚はどれ、どこに。」と云って、部屋の中を見廻した。宿の部屋をのそのそ這いまわっていたのを私が見つけて、電報で知らせたとでも思っていたらしい。やっぱり・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・と私も、がらりと態度を改めて言ってやりました。「ためしてみたのだ。むかし坂田藤十郎という偉い役者がいてね、」と説明しかけたら、また大きな声で、「いい加減言うじゃあ。寄るな! 寄るな!」とわめいて両手を胸に当て、ひとりで身悶えするのですが、な・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・佐伯は、障子をがらりと開けて転げ込むようにして部屋へはいった。私も、おなかを抑えて笑い咽びよろよろ部屋へ、はいってしまった。 薄暗い八畳間の片隅に、紺絣を着た丸坊主の少年がひとりきちんと膝を折って坐っていた。顔を見ると、やはり、青本女之・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・小走りの下駄の音。がらりと今度こそ格子が明いた。お妾は抜衣紋にした襟頸ばかり驚くほど真白に塗りたて、浅黒い顔をば拭き込んだ煤竹のようにひからせ、銀杏返しの両鬢へ毛筋棒を挿込んだままで、直ぐと長火鉢の向うに据えた朱の溜塗の鏡台の前に坐った。カ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・この一枚の仕切をがらりと開けさえすれば、隣室で何をしているかはたやすく分るけれども、他人に対してそれほどの無礼をあえてするほど大事な音でないのは無論である。折から暑さに向う時節であったから縁側は常に明け放したままであった。縁側は固より棟いっ・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・思惑ががらりと外れたんであんな風になったんじゃないんですか。株に失敗して気が違う人間がよくありますが、あれもまあそれと似たり寄ったりらしいですね。息子に投資して値上りを待っていたら突然ガラを食ったというようなものでしょう。」 地道な子を・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
出典:青空文庫