・・・すると父は手紙を読んでしまってあとはなぜか大へんあたりに気兼ねしたようすで僕が半分しか云わないうちに止めてしまった。そしてよく相談するからと云った。祖母や母に気兼ねをしているのかもしれない。五月八日 行く人が大ぶあるようだ。・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・そしていっぱいに気兼ねや恥で緊張した老人が悲しくこくりと息を呑む音がまたした。 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・ ことしは千人の黄金色の子どもが生まれたのです。 そしてきょうこそ子どもらがみんないっしょに旅にたつのです。おかあさんはそれをあんまり悲しんでおうぎ形の黄金の髪の毛をきのうまでにみんな落としてしまいました。「ね、あたしどんなとこ・・・ 宮沢賢治 「いちょうの実」
・・・勉強している暇 母さまは、須利耶さまのほうに気兼ねしながら申されました。(お前はまたそんなおとなのようなことを云って、仕方ないではありませんか。早く帰って勉強して、立派になって、みんなの為(そんなことをお前が云わなくてもいい・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・ 銀の霧 月の黄金 その中に再び我名を呼ばれるまで私は想いの国の女王である。 宮本百合子 「秋霧」
・・・私たちのように凝っと机にかじりついているものは、冬は炭のいるのを気兼ねしいしいというのでやり切れないところがあります。第一に手がかじかんで、私のこの一ヵ月継続中の風邪のもとは、つい炭が途切れかかったときの記念です。 それにつれて、昔芥川・・・ 宮本百合子 「裏毛皮は無し」
・・・私の寝起きは、不規則になり勝ちなので、疲れて居る者の邪魔をするのは気の毒であり、気兼ねをするのも、時には不自由に感じますから。 寝室は、寝台、低いゆったりと鏡のついた化粧台。衣裳箪笥。壁はどんな色がよいか。此と云う思いつきもありませんけ・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・それに来年の四月は丁度父母の銀婚式にも当るので、その祝いをしたい時、つまらない気兼ねをするようではよくないと云うこともあったのであろう。急に紅葉館で親類だけを招くことになった。 その事が定って間もなく、或朝、自分が未だ眠って居る時分、祖・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・右や左に気兼ねをして、然もどんな実践力も示さない未組織インテリの態度に歯かみをした所まではいいが、ブルジョア才人は才に堕して、彼の「青春行状記」に現われた直木的科学万能論と共に、六方を踏みながらファッショの陣営へ乗り込んだ。「俺は何んに・・・ 宮本百合子 「ブルジョア作家のファッショ化に就て」
・・・ この時只一人坂道を登って来て、七人の娘の背後に立っている娘がある。 第八の娘である。 背は七人の娘より高い。十四五になっているのであろう。 黄金色の髪を黒いリボンで結んでいる。 琥珀のような顔から、サントオレアの花のよ・・・ 森鴎外 「杯」
出典:青空文庫