・・・虚偽と譎詐と不正に満ちた社会には、もう光明がない。希望を繋ぐことができない。そう考えんとするのだ。 この美しい自然も自由な大空も決して美しくもなければ、また、自由でもないと思うに至ったのである。 人生は、こんな醜悪なものだ、行っても・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・の主人は腕を離すと妙に改まって頭を下げ、「頑張らせて貰いましたおかげで、到頭元の喫茶をはじめるところまで漕ぎつけましてん。今普請してる最中でっけど、中頃には開店させて貰いま」 そして、開店の日はぜひ招待したいから、住所を知らせてくれ・・・ 織田作之助 「神経」
・・・ 松本は寒々とした想いで、喫茶店のなかへ戻った。「あの男は……」 どこに住んでいるのかなどと、根掘りそこのお内儀にきくと、なんでもここから一里半、市内電車の終点から未だ五町もある遠方の人で、ゆで玉子屋の二階に奥さんと二人で住んで・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・「軽薄」という有為な青年に最も忌むべき傾向である。うち明けていえば、私はこの種の「薄っぺら」よりは、まだしも獲得の本能にもとづく肉慾追求の青年をとるものだ。「銀ぶら」「喫茶店めぐり」、背広で行くダンス・ホール、ピクニック、――そうした場所で・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 鍋町の風月の二階に、すでにそのころから喫茶室があって、片すみには古色蒼然たるボコボコのピアノが一台すえてあった。「ミルクのはいったおまんじゅう」をごちそうすると言ったS君が自分を連れて行ったのがこの喫茶室であった。おまんじゅうはすなわ・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ 売店で煙草を買っていると、隣の喫茶室で電話をかけている女の声が聞こえる。「猫のオルガン六つですか」と何遍も駄目をおしている。「猫のオルガン」が何のことだか分からないが多分おもちゃのことらしい。何となしこの小春日にふさわしい長閑なものの・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・が問題になっていて、喫茶室で同君からそのゆきさつの物語を聞いているうちに震り出したのであった。その津田君は今年はもう二科には居なくなったのである。 回顧室に這入るとI君に会った。「どうも蒸暑い」というとI君は「絵もアツイ絵ばかりだから」・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・初日で十二時になるアンキーとかいう喫茶。バーの女給。よたもん。茶色の柔い皮のブラウズ。鼠色のスーとしたズボン。クラバットがわりのマッフラーを襟の間に入れてしまっている。やせぎすの浅黒い顔、きっちりとしてかりこんだ髪。つれの女の子、チ・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・ 池上の小学校の父兄たちのPTAは、特殊喫茶を学校のまわりに建てさせないための運動をおこして、成功した。このPTAの成功は、文教地区を道徳的に清潔に保つことを政府に理解させた。このPTAの親たちは、みんな子供の将来について、人間らしい豊・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・ 太い柱列の間の入口から、立派な石の正面階段を昇ってゆくと、左手の柱に喫茶所 プロレタリア作家の間に行われている文学的論争は、工場で、労働大衆の批判の下にやれ。 そして、最後に彼等はこう結んでいる。「我々は全ソヴェト作家団体協議・・・ 宮本百合子 「ソヴェト文壇の現状」
出典:青空文庫