・・・少し高い所からは何処までも見渡される広い平坦な耕作地の上で二人は巣に帰り損ねた二匹の蟻のようにきりきりと働いた。果敢ない労力に句点をうって、鍬の先きが日の加減でぎらっぎらっと光った。津波のような音をたてて風のこもる霜枯れの防風林には烏もいな・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
上 何心なく、背戸の小橋を、向こうの蘆へ渡りかけて、思わず足を留めた。 不図、鳥の鳴音がする。……いかにも優しい、しおらしい声で、きりきり、きりりりり。 その声が、直ぐ耳近に聞こえたが、つい目前・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・綿に結っていた、角絞りの鹿の子の切、浅葱と赤と二筋を花がけにしてこれが昼過ぎに出来たので、衣服は薄お納戸の棒縞糸織の袷、薄紫の裾廻し、唐繻子の襟を掛て、赤地に白菊の半襟、緋鹿の子の腰巻、朱鷺色の扱帯をきりきりと巻いて、萌黄繻子と緋の板じめ縮・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 判然した優しい含声で、屹と留めた女が、八ツ口に手を掛ける、と口を添えて、袖着の糸をきりきりと裂いた、籠めたる心に揺めく黒髪、島田は、黄金の高彫した、輝く斧のごとくに見えた。 紫の襲の片袖、紋清らかに革鞄に落ちて、膚を裂いたか、女の・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 小北の許へ行かねばならぬ――と思うと、のびのびした手足が、きりきりと緊って、身体が帽子まで堅くなった。 何故か四辺が視められる。 こう、小北と姓を言うと、学生で、故郷の旧友のようであるが、そうでない。これは平吉……平さんと言うが早・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・玉なめらかに、きめ細かに、白妙なる、乳首の深秘は、幽に雪間の菫を装い、牡丹冷やかにくずれたのは、その腹帯の結びめを、伏目に一目、きりきりと解きかけつつ、「畜生……」 と云った、女の声とともに、谺が冴えて、銃が響いた。 小県は草に・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 浅草寺の天井の絵の天人が、蓮華の盥で、肌脱ぎの化粧をしながら、「こウ雲助どう、こんたア、きょう下界へでさっしゃるなら、京橋の仙女香を、とって来ておくんなんし、これサ乙女や、なによウふざけるのだ、きりきりきょうでえをだしておかねえか。」・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・裸の電燈が細長い螺旋棒をきりきり眼の中へ刺し込んでくる往来に立って、また近所にある鎰屋の二階の硝子窓をすかして眺めたこの果物店の眺めほど、その時どきの私を興がらせたものは寺町の中でも稀だった。 その日私はいつになくその店で買物をした。と・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・「恥ずかしくて、きりきり舞いした揚句の果には、そんな殺伐なポオズをとりたがるものさ。覚えがあるよ。ナイフでも、振り上げないことには、どうにも、形がつかなくなったのだろう?」 佐伯は、黙って一歩、私に近寄った。私は、さらに大いに笑った。佐・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・なんでもよい、人のやるなと言うことを計算なく行う。きりきり舞って舞って舞い狂って、はては自殺と入院である。そうして、私の「小唄」もこの直後からはじまるようである。曳かれもの、身は痩馬にゆだねて、のんきに鼻歌を歌う。「私は神の継子。ものごとを・・・ 太宰治 「もの思う葦」
出典:青空文庫