・・・父に知れたら、どんなことになるだろう、と身震いするほどおそろしく、けれども、一通ずつ日附にしたがって読んでゆくにつれて、私まで、なんだか楽しく浮き浮きして来て、ときどきは、あまりの他愛なさに、ひとりでくすくす笑ってしまって、おしまいには自分・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・くすくす忍び笑いして、奥田菊代、上手の出入口より登場。 なかなかお上手ね、先生。なんだ、あなたか。ひやかしちゃいけません。 あら、本当よ。本当に、お上手よ。すばらしいバリトン。よして下さい、ばかばかしい。僕ん・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ひとりで、くすくす笑っちゃった。 ゆうべは、おどろいたのである。笑いごとではない。実に驚いた。生れて、はじめて私はどろぼうに見舞われた。しかも、ばかなこと、私はそのどろぼうと、一問一答をさえ試みてしまったのである。大袈裟に言えば、私たち・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 家内は、顔を伏せてくすくす笑っている。私は、それどころでないのである。胸中、戦戦兢兢たるものがあった。私は不幸なことには、気楽に他人と世間話など、どうしてもできないたちなので、もし今から、この老爺に何かと話を仕掛けられたら、どうしよう・・・ 太宰治 「美少女」
・・・ さちよは、くすくす笑った。 数枝も、こらえ切れず笑ってしまって、それでも、「いやな奴さ。笑いごとじゃないよ。謂わば、女性の敵だね。」「でも、あたし、知ってるよ。数枝は、はじめから歴史的を好きだった。」「こいつ。」 ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・治療を受けながら、私がくすくす笑ってしまった。するとお医者もくすくす笑い出し、とうとうたまりかねて、ふたり声を合せて大笑いした。 その夜から私たちは仲良くなった。お医者は、文学よりも哲学を好んだ。私もそのほうを語るのが、気が楽で、話がは・・・ 太宰治 「満願」
・・・そんな文句を思い浮べ、ひとりでくすくす笑った。 月 日。 山岸外史氏来訪。四面そ歌だね、と私が言うと、いや、二面そ歌くらいだ、と訂正した。美しく笑っていた。 月 日。 語らざれば、うれい無きに似たり、とか。ぜひとも、・・・ 太宰治 「悶悶日記」
・・・とだけ答えて、それから、くすくす笑い、奥に引っ込んでしまった。「おや、まあ。」と言ってお母さんが、入れちがいに出て来た。「あれは旅行に出かけましたよ。ひどく不機嫌でしてな。やっぱり景色をかいているほうが、いいそうですよ。なんの事やら、と・・・ 太宰治 「リイズ」
・・・うつむいて、くすくす笑いながら岩のほうへ歩いて行った。 佐野君は、釣竿を手に取って、再び静かに釣糸を垂れ、四季の風物を眺めた。ジャボリという大きな音がした。たしかに、ジャボリという音であった。見ると令嬢は、見事に岩から落ちている。胸まで・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
・・・そういうとき、いかにも先生らしい凡想を飛び抜けた奇抜な句を連発して、そうして自分でもおかしがってくすくす笑われたこともあった。 先生のお宅へ書生に置いてもらえないかという相談を持ち出したことがある。裏の物置きなら明いているから来てみろと・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
出典:青空文庫