・・・……くどいと不可い。道具だてはしないが、硝子戸を引きめぐらした、いいかげんハイカラな雑貨店が、細道にかかる取着の角にあった。私は靴だ。宿の貸下駄で出て来たが、あお桐の二本歯で緒が弛んで、がたくり、がたくりと歩行きにくい。此店で草履を見着けた・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・が、その時も料理番が池のへりの、同じ処につくねんと彳んでいたのである。くどいようだが、料理番の池に立ったのは、これで二度めだ。……朝のは十時ごろであったろう。トその時料理番が引っ込むと、やがて洗面所の水が、再び高く響いた。 またしても三・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・この顔が――くどいようだが――楊貴妃の上へ押並んで振向いて、「二十だ……鼬だ……べべべべ、べい――」 四 ここに、第九師団衛戍病院の白い分院がある。――薬師寺、万松園、春日山などと共に、療養院は、山代の名勝に・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・はい、ええ、くどい事は、お聞きづろうござりますで。……早い処が、はい、この八ツ目鰻の生干を見たような、ぬらりと黒い、乾からびた老耄も、若い時が一度ござりまして、その頃に、はい、大い罪障を造ったでござります。女子の事でござりましての。はい、も・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・浮々した気持なぞありようがなかった。くどいようだけれど、それだのにいそいそなんて、そんな……。 もっとも、その当日、まるでお芝居に出るみたいに、生れてはじめて肌ぬぎになって背中にまでお白粉をつけるなど、念入りにお化粧したので、もう少しで・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・「けれども君は、かの後の事はよく知るまい、まもなく君は木村と二人で転宿してしまったから……なんでも君と木村が去ってしまって一週間もたたないうちだよ、ばあさんたまらなくなって、とうとう樋口をくどいて国郷に帰してしまったのは。ばアさん、泣き・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・うなり眠るなり自堕落は馴れるに早くいつまでも血気熾んとわれから信用を剥いで除けたままの皮どうなるものかと沈着きいたるがさて朝夕をともにするとなればおのおのの心易立てから襤褸が現われ俊雄はようやく冬吉のくどいに飽いて抱えの小露が曙染めを出の座・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・と、初やは、やっと廻りくどい話を切ってあちらへ立つ。藤さんはもう先達も聞いたから、今夜はそんなにおかしくはないと言ったけれど、それでもやはりはじめてのように笑っていた。 話が途絶える。藤さんは章坊が蒲団へ落した餡を手の平へ拾う。影法師が・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・前句の説明に堕していて、くどい。蛇足的な説明である。たとえば、こんなものだ。 古池や蛙とびこむ水の音 音の聞えてなほ静かなり これ程ひどくもないけれども、とにかく蛇足的註釈に過ぎないという点では同罪である。御師匠も、ま・・・ 太宰治 「天狗」
・・・そういうことを、それはくどいほどに断ってあり、またドストエフスキイほどの、永遠の愛を追うて暮した男でさえ、その作品の主人公には、ラスコオリニコフとか、ドミトリイとかいう名前を与えて、決して、「私」を出さない。たまに、「私」を出すことがあって・・・ 太宰治 「春の盗賊」
出典:青空文庫