・・・ ヴィアルドオ夫人の美と才能とに対する傾倒、崇拝、女としての魅惑に対する愛着はもとよりのことであったろうが、ツルゲーネフはこの中流出身で芸術家としての処世上の苦労も知っているヴィアルドオ夫人なしでは全く何をどうすることも出来なかったらし・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・太い赤い鶏頭が咲いているのも普通でなく見えた。 母が毎月演芸画報という大判の雑誌をとっていた。お化けなんかありませんよ、と母は云うけれども、その演芸画報には、お化けの芝居の写真があった。お岩だの、かさね、法界坊など、すごいお化けだった。・・・ 宮本百合子 「道灌山」
・・・ 明治学院の学生時分から、藤村はダンテの詩集などを愛誦する一方で芭蕉の芸術に傾倒していた。二十三歳頃吉野の方へ放浪した時も、藤村はこの経験によって一層芭蕉を理解することが出来るようになったと語っている。芭蕉の芸術はその文学的教養の面から・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・日本に於ける基督教布教史は当時乱世の有様に深く鋭く人生の疑問も抱いた敏感な上流の若い貴公子、女性などの無垢な傾倒と、この浦上の村人のような幼児の魂を持った人々の献身とによって、如何に美しく、如何に悲しくされているかしれないと思う。数多く来た・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・以来彼女が傾倒し師事していた当時の大家ルパアジュが加筆したような噂がつたえられた。そのルパアジュは三十六歳で、そのときはもう病床で生と死との境にあった。マリアは、この画をかくために、街頭スケッチまでして努力したのであった。ここで、私たちは一・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・二年前にニージュニで知り合ってゴーリキイの全傾倒をひきおこしたマダム・オリガが良人をパリにのこして、花のような娘と一緒にチフリスへ帰って来た。そのことを知った時、この頑丈な若者は狂喜のあまり生れて初めて卒倒した。 ゴーリキイは真直ぐ、ニ・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
・・・奔放で傍若無人な美代子が婦人部長としてはがっちり働いてゆきつつ重吉に対する佳子の傾倒にちょいと意地わるしたりする動きがよくとらえられている。重吉にうかれる佳子が雛菊寮の中の共産党毛ぎらいのふん囲気におのずから一致しかねているところも無理がな・・・ 宮本百合子 「『労働戦線』小説選後評」
・・・同時に、この作者が自然というものに対して抱いているロマンティックな傾倒もそこに溢れていて、ハンスのおそろしい生々しい壊滅への姿は、一種霧のようなものにつつまれて、印象にのこされるのである。 ヘッセは、「青春彷徨」で発展小説を、「車輪の下・・・ 宮本百合子 「若き精神の成長を描く文学」
・・・Schopenhauer は衝動哲学と云っても好い。系統家の Hartmann や Wundt があれから出たように、Aphorismen で書く Nietzsche もあれから出た。発展というものを認めないショオペンハウエルの彼岸哲学が超・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・Hegel 派の極左党で、無政府主義を跡継ぎに持っている Max Stirner の鋭利な論法に、ハルトマンは傾倒して、結論こそ違うが、無意識哲学の迷いの三期を書いた。ニイチェの「神は死んだ」も、スチルネルの「神は幽霊だ」を顧みれば、古いと・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
出典:青空文庫