・・・薄明りの中にも毛色の見える栗毛の馬の脚を露している。「あなた!」 常子はこの馬の脚に名状の出来ぬ嫌悪を感じた。しかし今を逸したが最後、二度と夫に会われぬことを感じた。夫はやはり悲しそうに彼女の顔を眺めている。常子はもう一度夫の胸へ彼・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・しかし東京ないし大阪のごとくになるということは、必ずしもこれらの都市が踏んだと同一な発達の径路によるということではない。否むしろ先達たる大都市が十年にして達しえた水準へ五年にして達しうるのが後進たる小都市の特権である。東京市民が現に腐心しつ・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・ しかしこうはいったとて、実際の歴史上の事実として、ロシアには前述したような経路が起こり来たったのだから、私はその事実をも否定しようとするものではない。ブルジョアジーをなくするためには、この階級が自己防衛のために永年にわたって築き上げた・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・何にも知らない不束なものですから、余所の女中に虐められたり、毛色の変った見世物だと、邸町の犬に吠えられましたら、せめて、貴女方が御贔屓に、私を庇って下さいな、後生ですわ、ええ。その 私どうしたら可いでしょう――こんなもの、掃溜へ打棄って・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・おとよの念力が極々細微な径路を伝わって省作を動かすに至った事は理屈に合っている。「おとよさんは、わたしがいくとそりゃ嬉しがるの、いくたびにそうなの、人がいないとわたしを抱いてしまうの、それでわたしが帰る時にはどうかすると涙をこぼすの」・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・という自祝の狂歌は縁組の径路を証明しておる。媒合わされた娘は先代の笑名と神楽坂路考のおらいとの間に生れた総領のおくみであって、二番目の娘は分家させて質屋を営ませ、その養子婿に淡島屋嘉兵衛と名乗らした。本家は風流に隠れてしまったが、分家は今で・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ それは、夕暮れ方の太陽の光に照らされて、いっそう鮮かに赤い毛色の見える、赤い鳥でありました。「さあ、このように赤い鳥が飛んでまいりました。」と、子供はいいました。「あんな遠くでは、赤い鳥だかなんだかわからない。もっと近く、あの・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・しかるに、あるとき、遠い南の方から渡ってきたという、赤と緑と青の毛色をした、珍しい鳥を献上したものがありました。 お姫さまは、この鳥が、たいそう気にいられました。そして、自分の居間に、かごにいれて懸けておかれました。小鳥は、じきにお姫さ・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・が、この記録を一篇の小説にたとえるとすれば、そのヤマは彼女が石田の料亭の住込仲居になる動機と径路ではなかろうか、――彼女は石田の所へ雇われる前、名古屋の「寿」という料亭の仲居をしていた。その時中京商業の大宮校長と知り合った、大宮校長は検事の・・・ 織田作之助 「世相」
・・・田舎へ帰ってきたのは当然の径路というもんだろう。よくもまあ永い間、若い才物者揃いの独身者の間に交って、惨めなばかを晒していられたものだ……」 彼はこの惣領の三つの年に、大きな腹をした細君を郷里に帰したのだ。その後またちょっと帰ってきては・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫