・・・当時の甘い批評家たちが、女の作家の二、三の著書に就いて、女性特有の感覚、女で無ければ出来ぬ表現、男にはとてもわからぬ此の心理、などと驚歎の言辞を献上するのを見て、彼はいつでも内心、せせら笑って居りました。みんな男の真似ではないか。男の作家た・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・「亡国の言辞ですよ。君は、人がいいから、だめだなあ。そいつの言ってる秩序ってのは、古い昔の秩序の事なんだ。古典擁護に違いない。フランスの伝統を誇っているだけなんですよ。うっかり、だまされるところだった。」「いや、いや、」私は狼狽して、あ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・その落ちつきが、世の人に思慕の心を起させるのだ。源氏が今でも人気があるのは、源氏の人たちが武術に於いて、ずば抜けて強かったからである。頼光をはじめ、鎮西八郎、悪源太義平などの武勇に就いては知らぬ人も無いだろうが、あの、八幡太郎義家でも、その・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・れにもその生葡萄酒ちょうものを一杯ついでもらいたい、ふむ、これが生葡萄酒か、ぺっぺ、腐った酢の如きものじゃないか、ごめんこうむる、あるじ勘定をたのむ、いくらだ、とわれを嘲弄せんとする意図あからさまなる言辞を吐き、帰りしなにふいと、老人、気を・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・そしてとにかくわれわれの現時はないと言われている。自分の幼時にこの事を話した老人は現に自分でこれを体験したかのごとく話したが、それは疑わしいとしても、この老人の頭の若かった時代にこの話がかなりの生々しい色彩をもって流布されていた事は確からし・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・もし当時元軍に現時の気象学の知識があったなら、あの攻撃はあるいはもう数ヶ月延期したかもしれない。 日露戦役の際でも我軍は露兵と戦うばかりでなく、満洲の大陸的な気候と戦わなければならなかった。日本海の海戦では霧のために蒙った損害も少なくな・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・これを充分に理解するためには、その子供をしてそういう言辞を言わしむるようになった必然な沿革や環境や与件を知悉しなければならない。それを知らなければ畢竟無理解没分暁の親爺たる事を免れ難いかもしれない。ましてや内部生活の疎隔した他人はなおさらの・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・、シベリアは勿論のこと、北太平洋全面からオホツク海にわたる海面にかけて広く多数に分布された観測点における海面から高層までの気象観測を系統的定時的に少なくも数十年継続することが望ましいのであるが、これは現時においては到底期待し難い大事業である・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・そういう事を研究することを喜ばないような日本現時の不思議な学風がそういう研究の出現を阻止しているのではないかと疑われる。 余談ではあるが、先日田舎で農夫の着ている簔を見て、その機構の巧妙と性能の優秀なことに今さらに感心した。これも元はシ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・たとえば万葉や古事記の歌でも源氏や枕草子のような読み物でも、もしそのつもりで捜せばそれらの中にある俳句的要素とでも名づけられるようなものを拾い出すことは決してそれほど困難ではあるまいと思われる。 ここで自分がかりに俳句的要素とかいう名前・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
出典:青空文庫