・・・唯もう少し簡潔であれば、…… 或孝行者 彼は彼の母に孝行した、勿論愛撫や接吻が未亡人だった彼の母を性的に慰めるのを承知しながら。 或悪魔主義者 彼は悪魔主義の詩人だった。が、勿論実生活の上では安全地帯・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ そんなら孝行をすれば可いのに―― 鼠の番でもする事か。唯台所で音のする、煎豆の香に小鼻を怒らせ、牡丹の有平糖を狙う事、毒のある胡蝶に似たりで、立姿の官女が捧げた長柄を抜いては叱られる、お囃子の侍烏帽子をコツンと突いて、また叱られる・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・「へい、ありがとう存じます、いやも幸いと孝行なせがれが一人おりまして、よう稼いでくれまして、おまえさん、こんな晩にゃ行火を抱いて寝ていられるもったいない身分でござりましたが、せがれはな、おまえさん、この秋兵隊に取られましたので、あとには・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・……優しい嫁の孝行で、はじめて戒名が出来たくらいだ。俺は勘当されたッて。……何をお前、両親がお前に不足があるものか。――位牌と云うのは俺の位牌だ。――お蔦 ええ。早瀬 お蔦、もう俺ゃ死んだ気になって、お前に話したい事がある。お蔦・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・馬琴の衒学癖は病膏肓に入ったもので、無知なる田夫野人の口からさえ故事来歴を講釈せしむる事が珍らしくないが、自ら群書を渉猟する事が出来なくなってからも相変らず和漢の故事を列べ立てるのは得意の羅大経や『瑯ろうやたいすいへん』が口を衝いて出づるの・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ それでなくとも、いま自分が子供の親となり、子供に気を労するのを知ってから「怪我をしないことが、孝行の一つである」と、いう言葉の真意を見出されるようになったのです。 これ等の心やりも、注意も、みな子供に対する深い愛からに他ありません・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・そして、お母さんによく孝行をつくしたということであります。 小川未明 「真吉とお母さん」
・・・弟の新次は満洲へ、妹のユキノと、それからその下にもう一人できた腹違いの妹は二人とも嫁づいていて、その三人の仕送りが頼りの父の暮しだと判ると、私はこの父といっしょに住んで孝行しようと思った。 父は私の躯についている薬の匂いをいやがったので・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 倶楽部の人々は二郎が南洋航行の真意を知らず、たれ一人知らず、ただ倶楽部員の中にてこれを知る者はわれ一人のみ、人々はみな二郎が産業と二郎が猛気とを知るがゆえに、年若き夢想を波濤に託してしばらく悠々の月日をバナナ実る島に送ることぞと思えり・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・ 十一時頃に、井村は、坑口にまで上ってきた。そして検査官が這入って来るのを待った。川の縁の公会堂附近に人がだいぶ集っている気配がして唄のようなものがきこえてきた。 今日こそ、洗いざらい、検査官に、坑内が、どれだけ危険だか見せてやるこ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
出典:青空文庫