・・・もとは大きな盥を浮かべて船の代わりにしたものであるが、いろいろの観測に必要だというので、水産講習所へ頼んで造ってもらったものである。池につないでおくと、たぶん職人か土方だろうが、よくいたずらをして困るので、ああして引き上げておくのである。ナ・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・の武士道観、恋愛観は、ある意味からともかくも唯物論的な西鶴の立場を窺わせる窓口となるものでないかと思われる。『永代蔵』中に紹介された致富の妙薬「長者丸」の処方、『織留』の中に披露された「長寿法」の講習にも、その他到る処に彼一流の唯物論的・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ユーゴーの住まっていた家で遺物など陳列して公衆に見せているのです。ユーゴーの描いた絵がたくさんあってなかなかうまいものだと感心しました。この人の作物中の光景を描いたいろんな画家の絵もあります。「ミゼラブル」の中でファンティーヌが往来で乱暴な・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 可笑しいことには、古来の屋根の一型式に従ってこけら葺の上に石ころを並べたのは案外平気でいるそのすぐ隣に、当世風のトタン葺や、油布張の屋根がべろべろに剥がれて醜骸を曝しているのであった。 甲州路へかけても到る処の古い村落はほとんど無・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・在来の型以外のものに対して盲目な公衆の眼にはどうしても軽視され時には滑稽視されるのは誠に止むを得ぬ次第であるが、そういう人でも先ず試みに津田君のこの種の絵と技巧の一点張の普通の絵と並べて壁間に掲げ、ゆっくり且つ虚心に眺めて見るだけの手数をし・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・もっともこれは単なる想像であるが、しかし自分が最近に中央線の鉄道を通過した機会に信州や甲州の沿線における暴風被害を瞥見した結果気のついた一事は、停車場付近の新開町の被害が相当多い場所でも古い昔から土着と思わるる村落の被害が意外に少ないという・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・ 電車のゴウゴウと鳴る音のエネルギーの源をだんだんに捜して行くと思い掛けない甲州の淋しい山中の谷川に到着する。気持のいい谷川の瀬の音と電車の音とは実は従兄弟である。それから電車のポールの尖端から出る気味の悪い火花も、日本アルプスを照らす・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・あるいた。ある公衆食堂で昼飯を食ったときに「君、デヴィルド・クラブを食ってみないか」というから、何だと聞くと、蟹肉に辛い香料をいれてホットにしてあるから、それで「デヴィルド」だといって聞かされた。このワシントンの「熱波」の記憶にはこのデヴィ・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・これらの記者たちはそれぞれ専門の方面で一般のために有益であるべきあらゆる重要事項の正確な報道紹介や、災害の防止に関する適切な助言や注意を提供し、また公共事業に対する問題を提出して最善の方案を公衆に求める事を努めなければならない。もちろんこれ・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・試みに中央線の汽車で甲州から信州へ分け入る際、沿道の民家の建築様式あるいは単にその屋根の形だけに注意してみても、私の言うことが何を意味するかがおぼろげにわかるであろうと思う。 このような天然の空間的多様性のほかにもう一つ、また時間的の多・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫