・・・ 高層の風が空中に描き出した関東の地形図を裏から見上げるのは不思議な見物であった。その雲の国に徂徠する天人の生活を夢想しながら、なおはるかな南の地平線をながめた時に私の目は予想しなかったある物にぶつかった。 それははるかなはるかな太・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・ヘルマン教授の許にいた連中とリンデンベルクの高層気象台へ行ったときはベルゾン博士が案内の労をとった。この人はジューリングと一緒に気球で成層圏の根元に近づき一時失神しながらも無事に着陸したという経験をもっていて、搭乗気球としての最高のレコード・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・という端物の書き出しには、パリーのある雑誌に寄稿の安受け合いをしたため、ドイツのさる避暑地へ下りて、そこの宿屋の机かなにかの上で、しきりに構想に悩みながら、なにか種はないかというふうに、机のひきだしをいちいちあけてみると、最終の底から思いが・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ この上もない絵画の色――山の屍、川の血、砕けたる骨の浜辺。 彫塑の妙――生への執着の数万の、デッド、マスク! 宏壮なビルディングは空に向って声高らかに勝利を唄う。地下室の赤ん坊の墳墓は、窓から青白い呪を吐く。 サア! 行け・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・そのひとこまには濃厚に、日本の天皇制権力の野蛮さとそれとの抗争のかげがさしている。『人民の文学』は、ひろく読まれているのに、詳細な書評が少ないのは、この複雑性によるとも考えられる。 宮本顕治の文芸評論をながめわたすと、いくつかの点に心を・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・その期間ソヴェトに関して出版されたものは、軍、外務省の情報機関を通じたものであり、構想敵の実体調査であった。反人民的な本質に立つものしか許されなかった。 この十数年間は、作者の生活波瀾もはげしく、度々の検挙や投獄で、三二年ごろ書いたソヴ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・日本の人民が明治二十七八年の戦争以来、敗けない日本軍の幻想と偏見にだまされつづけて、国内のファシズムに抗争する正当な世界情勢についての判断をうばわれ、そのための真実な気力も失わされていたように。 わたしたちは、こんにちこそ、国際的な先入・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第八巻)」
・・・しかし、禁止のリストにのせられた作家・評論家たちの間に、統一された抗争は組み立てられなかった。ある種の人々が、さっそく、個人個人で、こっそりと役所へ連絡をつけ「自分として」問題の解決を急いだ。文芸家協会として、まとまった有効な抗議もされなか・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・勤労階級は歴史の合理性によりその歴史的任務を実践する過程においてつねに支配権力と抗争するのであるから、従って私ひとりが一本のステッキについて、ブルジョア作家には感じることのできないプロレタリアの実感を持つというのみでない。それは階級の実感で・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
トゥウェルスカヤ通りの角に宏壮な郵電省の建物がある。 赤い滝のように旗でかざられた正面の大石段の上に立って見渡すと、デモは今赤い広場に向って、動き出そうとしているところである。空では数台の飛行・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
出典:青空文庫