・・・七月一日、病院の組織がかわり職員も全部交代するとかで、患者もみんな追い出されるような始末であった。私は兄貴と、それから兄貴の知人である北芳四郎という洋服屋と二人で相談してきめて呉れた、千葉県船橋の土地へ移された。終日籐椅子に寝そべり、朝夕軽・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・ああ、溜息ごとに人は百歩ずつ後退する、とか。私はこのごろ、たいへん酷烈な結論を一つ発見いたしました。貴族はエゴイストだ、という動かぬ結論でございます。いいえ、なんにもおっしゃいますな。やっぱり、ご自分おひとりのことしか考えて居りませぬ。ご自・・・ 太宰治 「古典風」
・・・も、ことしの八月に、この海岸線の各部落を縫って走破する駅伝競走というものがあって、この郡の青年たちが大勢参加し、このAの郵便局も、その競争の中継所という事になり、青森を出発した選手が、ここで次の選手と交代になるのだそうで、午前十時少し過ぎ、・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・この砂丘は、年々すこしずつ海に呑まれて、後退しているのだそうです。滅亡の風景であります。「これあいい。忘れ得ぬ思い出の一つだ。」私は、きざな事を言いました。 私たちは海と別れて、新潟のまちのほうへ歩いて行きました。いつのまにやら、背・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・彼が生れ落ちるとすぐ母はそれと交代に死んだのである。いまだかつて母を思ってみたことさえなかったのである。いよいよ嘘が上手になった。黄村のところへ教えを受けに来ている二三の書生たちに手紙の代筆をしてやった。親元へ送金を願う手紙を最も得意として・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ このように週期的に交代する二つの世界のいずれがほんとうであるかを決定したいと思って迷っていた。――おそらく彼は生涯このわかりきったようで、しかも永久に解く事のできないなぞを墓の中まで持ち込むかもしれなかった。 彼の生活が次第次第に・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・しかしいつなんどき晴れるかもしれないから、だれか一人は交代の不寝番で空を見張っていなければならない。燈火が暗いから読書や書きものもぐあいがよくない。ラジオを聞いたらいいではないかといったら、電池を消耗するから時報と天気予報以外は聞かないのだ・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・ 向こう側の三人の爆笑とそれに続く沈静との週期的交代の観察に気を取られて、しばらく前方の老人の事を忘れていたが、突然、実に突然にその老人が卓上の呼び鈴をやけくそにたたきつけるけたたましい音に驚かされてそのほうに注意をよびもどされた。・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・二重人格者の甲乙の性格が交代で現われるような気がした。 今度は横顔でもやってみようと思って鏡を二つ出して真横から輪郭を写してみたら実に意外な顔であった。第一鼻が思っていたよりもずっと高くいかにも憎々しいように突き出ていて、額がそげて顋が・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・これに反して年々に新しく書き改め新事実や新学説を追加しても、教師自身が、漸次に後退しつつある場合も考えられない事はない。この二つの場合のどちらが蓄音機のレコードに適するかを一般的概念的に論断するのは困難ではあるまいか。 蓄音機が完成した・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
出典:青空文庫