・・・看守が疲労で蒼くむくんだ瞼をし、「……トラックにのっているはええが、交代の時分にはいずれのったものが降りにゃなるめ。そのとき事件が起きたら、どうするね」 これには監房じゅうが笑い出し、実に大笑いをした。 五分苅の、陸軍大尉の・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・六人が二十四時間を三交代の八時間勤務で働く。ターニャは夜の当直には来なかった。二十歳である。彼女の夫は国立音楽学校でバリトーンをやっている。ターニャは暇があると当直室の机へむき出しの腕をおっつけて代数を勉強した。毎晩六時から十一時まで彼女は・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・そういう常識にも立ってみれば、本質上は後退だってもさまざまに動きを示している姿はあり得る。そんな動きをもこめて、とにかく動いているのである。 二十五年前の第一欧州戦争を、日本の一般社会は間接に小局限でしか経験しなかったから、今日の文学が・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・プロレタリア文学運動の後退は、とりも直さず日本の全住民の思想的自由の限界の縮小である。過去数年間、新しき文学と作家の社会性拡大のために先頭に立っていたプロレタリア作家たちが、続々とあとへすさって来て、林氏のように自身の文学の本質を我から切々・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・文学の領域でもそれは当然明瞭なわけなのだが、十数年前にプロレタリア文学としての運動があったから、今日民主主義の文学というと、後退したような感じを与える。文学の前線が時によって出たり引っこんだりしているようにも思われる。しかし、それはけっして・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・文化における極端な民族尊重の傾向と結びついているものであって、日本文学の発展の歴史において明瞭に後退と反動とを示しているものなのである。科学の分野で、統制の問題が論議されはじめたのとほぼ時を等しくしている。この時、木々高太郎氏の理性と現実の・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・ しっかりした次の交代者をこしらえるに、コムソモールは子供を産まなくちゃならないんだ。 ――私はそう思ってる。けれどフェージャの考えは違うのよ。 ――ふーむ。どう? ――フェージャは今朝私に云った。赤坊だの、おしめだの、家庭だの・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・内部の運営が民主的でないこと、プログラム編成が低俗であり昨今は労働、農民、報道、子供のための放送にはっきり民主化からの後退が示されてきていることが世論にのぼっている。しかし、こんど上程された法案のように保守政党が占める両院の承認を経た五年間・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
・・・ 現在の私たちが生きている世界の空気の中で、もし科学教育やその知識の大衆化が、応用的な面でだけとり上げられるとしたら、そこには大きい後退が生じるだろうと思う。ラジオの短波は科学的発達の一定段階に立ってはじめて人間の支配下におかれた現象で・・・ 宮本百合子 「市民の生活と科学」
・・・とったにしろ、或は一定の範囲での同感を示したにしろ、何らかの意味で彼等にとっても一つの社会的刺戟、張り合いとなり、新たな社会への道と新たな文学発生の可能性とを感じさせていたプロレタリア文学運動の一時的後退は、ブルジョア・インテリゲンツィア作・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫