・・・ そうして、彼は伊太利を征服し、西班牙を牽制し、エジプトへ突入し、オーストリアとデンマルクとスエーデンを侵略してフランスの皇帝の位についた。 この間、彼のこの異常な果断のために戦死したフランスの壮丁は、百七十万人を数えられた。国内に・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・その居眠りは、馬車の上から、かの眼の大きな蠅が押し黙った数段の梨畑を眺め、真夏の太陽の光りを受けて真赤に栄えた赤土の断崖を仰ぎ、突然に現れた激流を見下して、そうして、馬車が高い崖路の高低でかたかたときしみ出す音を聞いてもまだ続いた。しかし、・・・ 横光利一 「蠅」
・・・梶は学問上の彼の苦しみや発明の辛苦の工程など、栖方から訊き出す気持はなくなった。また、そんなことは訊ねても梶には分りそうにも思えなかった。「お郷里はどちらです。」「A県です。」 ぱっと笑う。「僕の家内もそちらには近い方ですよ・・・ 横光利一 「微笑」
自分にとっては、強く内から湧いて来る自己否定の要求は、自己肯定の傾向が隈なく自分を支配していた後に現われて来た。そうしてそれは自分を自己肯定の本道に導いてくれそうに思われる。 自我の尊重、個人の解放、――これらの思想はただ思想とし・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
・・・ 私は右の二つの態度のいずれをも肯定し、いずれをも否定しました。ではどうしろというのか。私はこのことについて一つのモットオを持っています。それは「すべてを生かせよ、一切の芽を培え」というのです。いわば自然に成長するままに、歪にならないよ・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
・・・は実はここにもとづくのであり、また否定の陰に肯定のあることを関説するのもここに起因するのではないかと思う。 悠々として観る態度が否定の否定を意味すると見るとき、我々はこの書の優れたる力を充分に理解し得るかと思う。著者は朝鮮、シナの風物を・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
出典:青空文庫