・・・それから、また十年、つるは私の遠い思い出の奥で小さく、けれども決して消えずに尊く光ってはいるのだが、その姿は純粋に思い出の中で完成され固定されてしまっているので、まさか、いまのこの現実の生活と、つながるなどとは、思いも及ばぬことであった。・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・とか言っていたが、それは、おまえの、もはや石膏のギブスみたいに固定している馬鹿なポーズのせいなのだ。 も少し弱くなれ。文学者ならば弱くなれ。柔軟になれ。おまえの流儀以外のものを、いや、その苦しさを解るように努力せよ。どうしても、解らぬな・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・従ってその視野と視角は固定してしまっている。しかし映画では第一その舞台が室内にでも戸外にでも海上にでも砂漠にでも自由に選ばれる。そうしてカメラの対物鏡は観客の目の代理者となって自由自在に空間中を移動し、任意な距離から任意な視角で、なおその上・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・おそらくそこだけ湖底に凹所があって鳥の足には深すぎるので、それでそこだけが明いているのだろうと想像された。もしそうだとすれば鳥の群れの写真から湖底の等深線の一つがわかるはずである。こういうことも実写映画のおもしろみの一つである。群集から少し・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ところが、これが写真の場合だとカメラのシャッターの開いている間の各瞬間における影像はことごとく重合し、その重合したぼやけくずれただらしのないものがフィルムに固定される。そういうぼやけたものを今度は週期的に一秒の何分の一の間隔をおいて投射し、・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・もっとも物理的機構にたよる活動映画では、物質的実在世界の未来は写されないし、フィルムに固定されなかった過去は永久に映出し得られない。しかし心の世界の過去と未来はいろいろな絵巻物の紙面に自由に展開されているからおもしろい。「世界の一億年」と名・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・いる上に、さらにまた目を使い耳を使いよけいな精神的緊張を求めるのであるから、結果はきわめて有害でありそうにも思われるであろうが、事実は全くその反対で、一、二巻のフィルムを見ているうちに、今まで頭の中に固定観念のようにへばりついていた不思議な・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
・・・しかしそういう目標に名前がつけられ、その名前がいよいよ固定してしまい、生き残りうるためには特別な条件が具足することが必要であると思われる。単に理屈がうまいとか、口調がいいとかいうだけでは決して長い時の試練に堪えないかと思われる。従来の地名の・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・ これに処する根本的対策としては小学校教育ならびに家庭教育において児童の感受性ゆたかなる頭脳に、鮮明なるしかも持続性ある印象として火災に関する最重要な心得の一般を固定させるよりほかに道はないように思われる。 現在の小学校教育の教程中・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・経済的には膨脹していても、真の生活意識はここでは、京都の固定的なそれとはまた異った意味で、頽廃しつつあるのではないかとさえ疑われた。何事もすべて小器用にやすやすとし遂げられているこの商工業の都会では、精神的には衰退しつつあるのでなければ幸い・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
出典:青空文庫