・・・ 宗俊の語の中にあるものは懇請の情ばかりではない、お坊主と云う階級があらゆる大名に対して持っている、威嚇の意も籠っている。煩雑な典故を尚んだ、殿中では、天下の侯伯も、お坊主の指導に従わなければならない。斉広には一方にそう云う弱みがあった・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・ 巳の時の夫人には、後日の引見を懇請して、二人は深く礼した。 そのまま、沼津に向って、車は白鱗青蛇の背を馳せた。大正十五年十月 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 感心にうまい酒を飲ませます。混成酒ばかり飲みます、この不愉快な東京にいなければならぬ不幸な運命のおたがいに取りては、ホールほどうれしい所はないのである。 男爵加藤が、いつもどなる、なんと言うてどなる「モー一本」と言うてどなる。・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・則ち説いて曰くと、これは疾翔大力さまが、爾迦夷上人のご懇請によって、直ちに説法をなされたと斯うじゃ。汝等審に諸の悪業を作ると。汝等というは、元来はわれわれ梟や鵄などに対して申さるるのじゃが、ご本意は梟にあるのじゃ、あとのご文の罪相を拝するに・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・あの工場からアセトンだと云って樽詰めにして出したのはみんな立派な混成酒でさあ。悪いのには木精もまぜたんです。その密造なら二年もやっていたんです。」「じゃポラーノの広場で使ったのもそれか。」「そうですとも。いや何と云っても大将はずるい・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・その沢山の物売りが独特な発声法で、ハムやコーヒー牛乳という混成物を売り廻る後に立って、赤帽は、晴やかな太陽に赤い帽子を燦めかせたまま、まるで列車の発着に関係ない見物人の一人のように、狭い窓から行われる食物の取引を眺めている。両手を丸めた背中・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・続いてシェストフの不安の文学を通じてもたらされたニイチェ、ドストイェフスキー熱はミドルトン・マリがその混成物であるというジイドの芸術をも益々日本の読者層に輸入した。又ジイドがフェルナンデスの限界を破って、更に新しい社会の建設に対する賛同者に・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 二十人ばかりの音楽サークルでは男女混声合唱の稽古最中だ。さっき入口で会ったギターをかかえた若い男が指導者で、「ホラ、そこをもっと強く! つよく、早く、愉快に!」とやっている。若々しく楽しい歌声はドアをしめても廊下へあふれてきこ・・・ 宮本百合子 「ドン・バス炭坑区の「労働宮」」
・・・そのために新しい社会は、無差別にインテリゲンツィアと革命的労働者との階級的混成指導部によって建設され得るのではないかという混乱した見解をもった。レーニンと意見が一致しかねたのはこの点であった。ゴーリキイは過去において、まだ労働階級の自覚が乏・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
出典:青空文庫