・・・さきの御仁体でも知れます。もうずッと精進で。……さて、あれほどの竹の、竹の子はどんなだろう。食べたら古今の珍味だろう、というような話から、修善寺の奥の院の山の独活、これは字も似たり、独鈷うどと称えて形も似ている、仙家の美膳、秋はまた自然薯、・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・口中に熱あり、歯の浮く御仁、歯齦の弛んだお人、お立合の中に、もしや万一です。口の臭い、舌の粘々するお方がありましたら、ここに出しておきます、この芳口剤で一度漱をして下さい。」 と一口がぶりと遣って、悵然として仰反るばかりに星を仰ぎ、頭髪・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・……よくよくの名僧智識か、豪傑な御仁でないと、聞いてさえ下さりませぬ。――この老耄が生れまして、六十九年、この願望を起しましてから、四十一年目の今月今日。――たった今、その美しい奥方様が、通りがかりの乞食を呼んで、願掛は一つ、一ヶ条何なりと・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・向うが少しでも同意したら、すぐ不平の後陣を繰り出すつもりである。「なるほど真理はその辺にあるかも知れん。下宿を続けている僕と、新たに一戸を構えた君とは自から立脚地が違うからな」と言語はすこぶるむずかしいがとにかく余の説に賛成だけはしてく・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・どこの御仁かわしゃ得知らんがあの精女の白鳩の様な足にうなされて三日三小夜まんじりともせなんだ御仁があると風奴がたよりをもて来た。叶う事なりゃ、も十年とびもどりたいと云うてじゃそうな。心あたりはないかな?第二の精霊 もうその先はやめにしよ・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・人によって言葉を選まないから、或る人は威厳のある先生様だと思い、或るものは、分らない事を云う御仁だと思う。 先生の生活はまことに平穏無事である。そして幸福である。一番大きな息子は、京都で医者になってもう細君もある。けれ共、なぐさみに小さ・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・の様に人間さえ見ればかみついたり吠えついたりする御仁と次には「名誉」に寝るとから起きるとまでうなされるお人と、恋を恋して居るお人とでの。「けんか犬」の様なお人は甲冑と武器と馬の手入にきも入りして甲冑の裏に「のみ」ほどの曇りがある、馬の毛・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
出典:青空文庫