・・・そうして読みながら、いつか午睡をしてしまった。 眼がさめると、階下に大野さんが来ている。起きて顔を洗って、大野さんの所へ行って、骨相学の話を少しした。骨相学の起源は動物学の起源と関係があると云うような事を聞いている中にアリストテレスがど・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・「丁ど午睡時、徒然でおります。」 導かるるまま、折戸を入ると、そんなに広いと言うではないが、谷間の一軒家と言った形で、三方が高台の森、林に包まれた、ゆっくりした荒れた庭で、むこうに座敷の、縁が涼しく、油蝉の中に閑寂に見えた。私はちょ・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 群集の思わんほども憚られて、腋の下に衝と冷き汗を覚えたのこそ、天人の五衰のはじめとも言おう。 気をかえて屹となって、もの忘れした後見に烈しくきっかけを渡す状に、紫玉は虚空に向って伯爵の鸚鵡を投げた。が、あの玩具の竹蜻蛉のように、晃・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・午後は午睡や散歩や、友達を訪ねたり訪ねられたりする時間にあててある。彼は電車の中で、今にも昏倒しそうな不安な気持を感じながらどうか誰も来ていないで呉れ……と祈るように思う。先客があったり、後から誰か来合せたりすると彼は往きにもまして一層滅入・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・樹蔭に置並べた共同腰掛には午睡の夢を貪っている人々がある。蒼ざめて死んだような顔付の女も居る。貧しい職人体の男も居る。中には茫然と眺め入って、どうしてその日の夕飯にありつこうと案じ煩うような落魄した人間も居る。樹と樹との間には、花園の眺めが・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・という帝王の呟きに似た調子の張った詩を書いて、廻診しに来た若い一医師にお見せして、しんみに話合った。午睡という題の、「人間は人間のとおりに生きて行くものだ。」という詩を書いてみせて、ふたりとも、顔を赤くして笑った。五六百万人のひとたちが、五・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ 或日太十は赤がけたたましく吠えたのを聞いて午睡から醒めた。犬は其あとは吠えなかった。太十はいつでも犬に就いて注意を懈らない。彼はすぐに番小屋を出た。蜀黍の垣根の側に手拭を頬かぶりにした容子の悪い男がのっそりと立って居る。それは犬殺しで・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・高い処で風がどんどん吹きはじめ雲はだんだん融けていっていつかすっかり明るくなり、太陽は少しの午睡のあとのようにどこか青くぼんやりかすんではいますがたしかにかがやく五月のひるすぎを拵えました。 青い上着の園丁が、唐檜の中から、またいそがし・・・ 宮沢賢治 「チュウリップの幻術」
・・・次の祭日のとき、主人一家が午睡している隙に、サーシャがこっそりゴーリキイを誘った。「行こう!」 二人は、庭へ出て、家と家との間の露路へ行った。そこにはひどく古い菩提樹が十五六株生えていた。どの樹の幹にも青苔がついていて、枝は黒く枯れ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫