・・・ すると、同時に、夢はさめて、太郎は、床の中に寝ているのでした。 おじいさんは、お帰りなされたろうか? どうなされたろう? と、太郎は、目を開けておじいさんのへやの方を見ますと、まだ帰られないもののように、しんとしていました。 ・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・もう、こうなれば眼がさめた時がうまいとか、食事のあとがどうとかいうようなことを考えている余裕はない。 私はかつて薬の効能書に「食間服用」とあるのを、食事の最中に服用するものだと早合点して、食事中に薬を飲んで笑われたことがあるが、しかしこ・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・折井は一年前にしきりに自分を尾け廻していたことがあり、いやな奴と思っていたが、心の寂しい時は折井のような男でも口を利けば慰さめられた。 並んで歩き出すと折井は、「どうだ、これから浅草へ行かないか」 一年前と違い、何か押しの利く物・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・二人は木村の、色のさめた赤毛布を頭からかぶって、肩と肩を寄り合って出かけました。おりおり立ち止まっては毛布から雪を払いながら歩みます、私はその以前にもキリスト教の会堂に入ったことがあるかも知れませんが、この夜の事ほどよく心に残っていることは・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・夢現の境を漂うて夜のふくるをも知らざりしが、ふと心づきて急に床に入りたれど今は心さえてたやすくは眠るあたわず、明けがた近くなりてしばしまどろみぬと思うや、目さめし時は東の窓に映る日影珍しく麗かなり、階下にては母上の声す、続いて聞こゆる声はま・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・恋愛の陶酔から入って、それからさめて、甘い世界から、親としてのまじめな養育、教育のつとめに移って行く。スイートホームというけれども、恋愛の甘さではなく、こうなってから初めて夫婦愛が生まれてくる。子どもを可愛がる夫婦というのはよそ目にも美しく・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ユフカ村は、今、ようよう晨の眠りからさめたばかりだった。 森の樹枝を騒がして、せわしい馬蹄の音がひびいてきた。蹄鉄に蹴られた礫が白樺の幹にぶつかる。馬はすぐ森を駈けぬけて、丘に現れた。それには羊皮の帽子をかむり、弾丸のケースをさした帯皮・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・旅宿は三浦屋と云うに定めけるに、衾は堅くして肌に妙ならず、戸は風漏りて夢さめやすし。こし方行末おもい続けてうつらうつらと一夜をあかしぬ。 十三日、明けて糠くさき飯ろくにも喰わず、脚半はきて走り出づ。清水川という村よりまたまた野辺地まで海・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・チョッ不景気な、病人くさいよ、眼がさめたら飛び起きるがいいわさ。ヨウ、起きておしまいてえば。「厭あだあ、母ちゃん、お眼覚が無いじゃあ坊は厭あだあ。アハハハハ。「ツ、いい虫だっちゃあない、呆れっちまうよ。さあさあお起ッたらお起きナ、起・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・病室に眼がさめて見ると、生命のない器物にまで陰と陽とがあった。はずかしいことながら、おげんはもう長いこと国の養子夫婦の睦ましさに心を悩まされて、自分の前で養子の噂をする何でもない娵の言葉までが妬ましく思われたこともあった。今度東京へ出て来て・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
出典:青空文庫