・・・ ――松村さん、木戸まで急用―― いけ年を仕った、学芸記者が馴れない軽口の逃口上で、帽子を引浚うと、すっとは出られぬ、ぎっしり詰合って飲んでいる、めいめいが席を開き、座を立って退口を譲って通した。――「さ、出よう、遅い遅い。」悪くす・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・今まで嚔を堪えたように、むずむずと身震いを一つすると、固くなっていた卓子の前から、早くもがらりと体を砕いて、飛上るように衝と腰を軽く、突然ひょいと隣のおでん屋へ入って、煮込を一串引攫う。 こいつを、フッフッと吹きながら、すぺりと古道具屋・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・今日はな、種井を浚うから手伝え。くよくよするない、男らしくもねい」 兄のことばの終わらぬうちに省作は素足で庭へ飛び降りた。 彼岸がくれば籾種を種井の池に浸す。種浸す前に必ず種井の水を汲みほして掃除をせねばならぬ。これはほとんどこの地・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・より少い、より僅かしか儲けなかった人に課せられる税は、率は少くても利潤の大半を引攫うものであろうが、それに対しては猶予はないのである。彼等の戦時利得の規模は、不幸にも、政府を買うだけの額に達していないという意味である。 集めた税はどう処・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫