・・・職業の性質というものはまあざっとこんなものです。 そこでネ、人のためにするという意味を間違えてはいけませんよ。人を教育するとか導くとか精神的にまた道義的に働きかけてその人のためになるという事だと解釈されるとちょっと困るのです。人のために・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・もっとも文芸の方の話を詳しく云うつもりではないから、必要な説明だけに留めて、ごくざっとしたところを申しますが、近年文芸の方で浪漫主義及び自然主義すなわちロマンチシズムとナチュラリズムという二つの言葉が広く行われて参りました。そうしてこの二つ・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・ そのうち耕助がも一つの藪へ行こうと一本の栗の木の下を通りますと、いきなり上からしずくが一ぺんにざっと落ちてきましたので、耕助は肩からせなかから水へはいったようになりました。耕助はおどろいて口をあいて上を見ましたら、いつか木の上に三郎が・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・耕一が何気なくその下を通りましたら俄かに木がぐらっとゆれてつめたい雫が一ぺんにざっと落ちて来ました。耕一は肩からせなかから水へ入ったようになりました。それほどひどく落ちて来たのです。 耕一はその梢をちょっと見あげて少し顔を赤くして笑いな・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・もうそれからでも、ざっと二十年は経ちます。そして、あの当時にあっては大変ハイカラーで欧州風の教養の匂いの高かった作品の中で、母なる作者の愛情と観察につつまれつつ活躍していた二人のヴァガボンドのうち、一人は言語学者としてイタリーへの交換学生と・・・ 宮本百合子 「含蓄ある歳月」
・・・ 私は二階へ上らざるを得ないでしょう。ざっとこんな始末よ。では風邪をお大事に。 健之助は健啖之助とつけるべきでありました。ああちゃんをみていると、年中粉ミルクをかきまわしています。 十二月七日 十二月七日 〔巣鴨拘置所の顕治・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・課長は受け取って、ざっと読んで見て、「これで好い」と云った。 木村は重荷を卸したような心持をして、自分の席に帰った。一度出して通過しない書類は、なかなか二度目位で滞りなく通過するものではない。三度も四度も直させられる。そのうちには向うで・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 五条子爵は秀麿の手紙を読んでから、自己を反省したり、世間を見渡したりして、ざっとこれだけの事を考えた。しかしそれに就いて倅と往復を重ねた所で、自分の満足するだけの解決が出来そうにもなく、倅の帰って来る時期も近づいているので、それまで待・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・その詞はざっとこんな物であった。「神の徳は大きい。お前さんをいじめた人の手からお前さんを救って下された。お前さんをいじめた人にも神は永遠なる安息をお与えなさるだろう。だがお前さんはまだ若い。こうなった方がかえってよかったかも知れない。あの男・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・首をさし込むために洋服掛けの扁平な肩のようなざっとした框が作ってあって、その端に糸瓜が張ってある。首の棒を握る人形使いの左手がそれをささえるのである。その框から紐が四本出ていて、その二本が腕に結びつけられ、他の二本が脚に結びつけられている。・・・ 和辻哲郎 「文楽座の人形芝居」
出典:青空文庫