・・・こう言う彼等の戯れはこの寂しい残暑の渚と不調和に感ずるほど花やかに見えた。それは実際人間よりも蝶の美しさに近いものだった。僕等は風の運んで来る彼等の笑い声を聞きながら、しばらくまた渚から遠ざかる彼等の姿を眺めていた。「感心に中々勇敢だな・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・わたしはあの笹葺の小屋に、俊寛様が子供たちと、御戯れになる所を聞けば、思わず微笑を浮べましたし、またあの浪音の高い月夜に、狂い死をなさる所を聞けば、つい涙さえ落しました。たとい嘘とは云うものの、ああ云う琵琶法師の語った嘘は、きっと琥珀の中の・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・彼れはじっとその戯れを見詰めながら、遠い過去の記憶でも追うように今日の出来事を頭の中で思い浮べていた。凡ての事が他人事のように順序よく手に取るように記憶に甦った。しかし自分が放り出される所まで来ると記憶の糸はぷっつり切れてしまった。彼れはそ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ステインド・グラスから漏れる光線は、いくつかの細長い窓を暗く彩って、それがクララの髪の毛に来てしめやかに戯れた。恐ろしいほどにあたりは物静かだった。クララの燃える眼は命の綱のようにフランシスの眼にすがりついた。フランシスの眼は落着いた愛に満・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 三 蝦蟇法師がお通に意あるが如き素振を認めたる連中は、これをお通が召使の老媼に語りて、且つ戯れ、且つ戒めぬ。 毎夕納涼台に集る輩は、喋々しく蝦蟇法師の噂をなして、何者にまれ乞食僧の昼間の住家を探り出だして、・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・ 辻町は、あの、盂蘭盆の切籠燈に対する、寺の会釈を伝えて、お京が渠に戯れた紅糸を思って、ものに手繰られるように、提灯とともにふらりと立った。 五「おばけの……蜻蛉?……おじさん。」「何、そんなものの居よう・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・犬は戯れて躍ってる、鶏は雌雄あい呼んで餌をあさってる。朗快な太陽の光は、まともに庭の草花を照らし、花の紅紫も枝葉の緑も物の煩いということをいっさい知らぬさまで世界はけっして地獄でないことを現実に証明している。予はしばらく子どもらをそっちのけ・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・解ってはいるけど、わざと戯れの様に聞きなして、振りかえって見ると、民子は真に考え込んでいる様であったが、僕と顔合せて極りわるげににわかに側を向いた。 こうなってくると何をいうても、直ぐそこへ持ってくるので話がゆきつまってしまう。二人の内・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・『八犬伝』の本道は大塚から市川・行徳雨窓無聊、たまたま内子『八犬伝』を読むを聞いて戯れに二十首を作る橋本蓉塘 金碗孝吉風雲惨澹として旌旗を捲く 仇讎を勦滅するは此時に在り 質を二君に委ぬ原と恥づる所 ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・東片町時代には大分老耄して居睡ばかりしていたが、この婆さん猫が時々二葉亭の膝へ這上って甘垂れ声をして倦怠そうに戯れていた。人間なら好い齢をした梅干婆さんが十五、六の小娘の嬌態を作って甘っ垂れるようなもんだから、小※啼きながら頻りと身体をこす・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
出典:青空文庫