・・・しかも裁判を重ねた結果、主犯蟹は死刑になり、臼、蜂、卵等の共犯は無期徒刑の宣告を受けたのである。お伽噺のみしか知らない読者はこう云う彼等の運命に、怪訝の念を持つかも知れない。が、これは事実である。寸毫も疑いのない事実である。 蟹は蟹自身・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・ 輿論 輿論は常に私刑であり、私刑は又常に娯楽である。たといピストルを用うる代りに新聞の記事を用いたとしても。 又 輿論の存在に価する理由は唯輿論を蹂躙する興味を与えることばかりである。 ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・フレンチが一昨日も昨日も感じていて、友達にも話し、妻にも話した、死刑の立会をするという、自慢の得意の情がまた萌す。なんだかこう、神聖なる刑罰其物のような、ある特殊の物、強大なる物、儼乎として動かざる物が、実際に我身の内に宿ってでもいるような・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・歌という詩形を持ってるということは、我々日本人の少ししか持たない幸福のうちの一つだよ。おれはいのちを愛するから歌を作る。おれ自身が何よりも可愛いから歌を作る。しかしその歌も滅亡する。理窟からでなく内部から滅亡する。しかしそれはまだまだ早く滅・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・その時、ちょうど夫婦喧嘩をして妻に敗けた夫が、理由もなく子供を叱ったり虐めたりするような一種の快感を、私は勝手気儘に短歌という一つの詩形を虐使することに発見した。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~ やがて、一年間の苦しい努力・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ 眼にいっぱいの涙を湛えて、お香はわなわなふるえながら、両袖を耳にあてて、せめて死刑の宣告を聞くまじと勤めたるを、老夫は残酷にも引き放ちて、「あれ!」と背くる耳に口、「どうだ、解ったか。なんでも、少しでもおまえが失望の苦痛をよけ・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・早く死刑になって石田の所へ行きたいと言っているこの女の、最後の生命が輝く瞬間であり、だからこそその陳述はどんな自然主義派の作家も達し得なかったリアリズムに徹しているのではなかろうか。そしてまた、虚飾と嘘の一つもない陳述はどんな私小説もこれほ・・・ 織田作之助 「世相」
第一章 死生第二章 運命第三章 道徳―罪悪第四章 半生の回顧第五章 獄中の回顧 第一章 死生 一 わたくしは、死刑に処せらるべく、いま東京監獄の一室に拘禁さ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
一 私は死刑に処せらるべく、今東京監獄の一室に拘禁せられて居る。 嗚呼死刑! 世に在る人々に取っては、是れ程忌わしく恐ろしい言葉はあるまい、いくら新聞では見、物の本では読んで居ても、まさかに自分が此忌わ・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・と言って、人に威張ったという話をきき、すっかり気味をわるくしてその理髪人を死刑にしてしまいました。そして、それからというものは、もう理髪人をかかえないで、自分の娘たちに顔を剃らせました。しかし後には、自分の子が髪剃を持ってあたるのさえも不安・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
出典:青空文庫