・・・すると幸い、当時若年寄を勤めている板倉佐渡守には、部屋住の子息が三人ある。その子息の一人を跡目にして、養子願さえすれば、公辺の首尾は、どうにでもなろう。もっともこれは、事件の性質上修理や修理の内室には、密々で行わなければならない。彼は、ここ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・とげとげする触感が、寝る時のほか脱いだ事のない草鞋の底に二足三足感じられたと思うと、四足目は軟いむっちりした肉体を踏みつけた。彼れは思わずその足の力をぬこうとしたが、同時に狂暴な衝動に駈られて、満身の重みをそれに托した。「痛い」 そ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・這奴四足めに瀬踏をさせて、可いとなって、その後で取蒐ろう。食ものが、悪いかして。脂のない人間だ。一の烏 この際、乾ものでも構わぬよ。二の烏 生命がけで乾ものを食って、一分が立つと思うか、高蒔絵のお肴を待て。三の烏 や、待つといえ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・と片足、胸とともに引いて、見直して、「これは樹島の御子息かい。――それとなくおたよりは聞いております。何よりも御機嫌での。」「御僧様こそ。」「いや、もう年を取りました。知人は皆二代、また孫の代じゃ。……しかし立派に御成人じゃな。・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・村越の御子息が、目のあたり立身出世は格別じゃ、が、就中、豪いのはこの働きじゃ。万一この手廻しがのうてみさっしゃい、団子噛るにも、蕎麦を食うにも、以来、欣弥さんの嫁御の事で胸が詰る。しかる処へ、奥方連のお乗込みは、これは学問修業より、槍先の功・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・―― 津枝というのは母の先生の子息で今は大学を出て医者をしていた。が、かつて堯にはその人に兄のような思慕を持っていた時代があった。 堯は近くへ散歩に出ると、近頃はことに母の幻覚に出会った。母だ! と思ってそれが見も知らぬ人の顔である・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・と大友は酌を促がして、黙って飲んでいると、隣室に居る川村という富豪の子息が、酔った勢いで、散歩に出かけようと誘うので、大友はお正を連れ、川村は女中三人ばかりを引率して宿を出た。川村の組は勝手にふざけ散らして先へ行く、大友とお正は相並んで静か・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・僕は気の毒に思った、その柔和な顔つきのまだ生き生きしたところを見て、無残にも四足を縛られたまま松の枝から倒さに下がっているところを見るとかあいそうでならなかった。 たちまち小藪を分けてやッて来たのは猟師である。僕を見て『坊様、今に馬・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・親父はさすがに老功で、後家の鐙を買合せて大きい利を得る、そんな甘い事があるものではないというところに勘を付けて、直に右左の調べに及ばなかったナと、紙燭をさし出して慾心の黒闇を破ったところは親父だけあったのである。勿論深草を尋ねても鐙はなくっ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ ところが政元は病気を時したので、この前の病気の時、政元一家の内うちうちの人だけで相談して、阿波の守護細川慈雲院の孫、細川讃岐守之勝の子息が器量骨柄も宜しいというので、摂州の守護代薬師寺与一を使者にして養子にする契約をしたのであった。・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
出典:青空文庫