・・・軍めく二人の嫁や花あやめ また、安永中の続奥の細道には――故将堂女体、甲冑を帯したる姿、いと珍し、古き像にて、彩色の剥げて、下地なる胡粉の白く見えたるは、卯の花や縅し毛ゆらり女武者 としるせりとぞ。この両様と・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・女の顔は浅黒いのが宜いというけれど、これとて直ちにそれが浅黒いと見えるのでは無く、白い下地が有って、始めて其の浅黒さを見せるのである。 色の白いのは七難隠すと、昔の人も云った。しかしながら、ただ色が白いというのみで意気の鈍い女の顔は、黄・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・と判事は胸を斜めに振返って、欄干に肱を懸けると、滝の下道が三ツばかり畝って葉の蔭に入る一叢の藪を指した。「あの藪を出て、少し行った路傍の日当の可い処に植木屋の木戸とも思うのがある。」「はい、植吉でございます。」「そうか、その木戸・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 偶と紫玉は、宵闇の森の下道で真暗な大樹巨木の梢を仰いだ。……思い掛けず空から呼掛けたように聞えたのである。「ちょっと燈を、……」 玉野がぶら下げた料理屋の提灯を留めさせて、さし交す枝を透かしつつ、――何事と問う玉江に、「誰・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・そして所望されるままに曾根崎新地のお茶屋へおちょぼ(芸者の下地ッ子にやった。 種吉の手に五十円の金がはいり、これは借金払いでみるみる消えたが、あとにも先にも纏まって受けとったのはそれきりだった。もとより左団扇の気持はなかったから、十七の・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ていつぞや聞き流した誰やらの異見をその時初めて肝のなかから探り出しぬ 観ずれば松の嵐も続いては吹かず息を入れてからが凄まじいものなり俊雄は二月三月は殊勝に消光たるが今が遊びたい盛り山村君どうだねと下地を見込んで誘う水あれば、御意はよし往・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・二人は高い崖の下道に添うて、耕地のある岡の上へ出た。起伏する地の波はその辺で赤土まじりの崖に成って、更に河原続きの谷底の方へ落ちている。崖の中腹には、小使の音吉が弟を連れて来て、道をつくるやら石塊を片附けるやらしていた。音吉は根が百姓で、小・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・手工は勿論高等教育を受けるための下地にはならないでも、人間として立つべき地盤を拡げ堅めるために役に立つ。普通学校で第一に仕立てるべきものは未来の官吏、学者、教員、著述家でなくて「人」である。ただの「脳」ではない。プロメトイスが最初に人間に教・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・樺や栃や厚朴や板谷などの健やかな大木のこんもり茂った下道を、歩いている人影も自動車の往来もまれである。自転車に乗った御用聞きが西洋婦人をよけようとしてぬかるみにすべってころんだ。 至るところでうぐいすが鳴く。もしか、うぐいすの鳴き声のき・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・つまり、中学時代の染みやすい頭にこの『徒然草』が濃厚に浸み込んでしまったには相違ないであろうが、しかし、それにはやはりそれが浸み込みやすいような風に自分の若い時の頭の下地が出来ていたのかもしれないと思われる。そういう下地はしかしおそらく同時・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
出典:青空文庫