・・・夜番のために正宗の名刀と南蛮鉄の具足とを買うべく余儀なくせられたる家族は、沢庵の尻尾を噛って日夜齷齪するにもかかわらず、夜番の方では頻りに刀と具足の不足を訴えている。われらは渾身の気力を挙げて、われらが過去を破壊しつつ、斃れるまで前進するの・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・何てったって、化けるのは俺の方が本職だよ。尻尾なんかブラ下げて歩きゃしねえからな。駄目だよ。そんなに俺の後ろ頭ばかり見てたって。ホラ、二人で何か相談してる。ヘッ、そんなに鼻ばかりピクピクさせる事あないよ。いけねえ。こんなことを考える時ゃ碌な・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・「イヤしくじったでがすヨ、尻尾をひッつかまえると驚いて吠えただからネ」。〔月日不詳〕 正岡子規 「権助の恋」
・・・そいつらを皆病気に罹らせて自分のように朝晩地獄の責苦にかけてやったならば、いずれも皆尻尾を出して逃出す連中に相違ない。とにかく自分は余りの苦みに天地も忘れ人間も忘れ野心も色気も忘れてしもうて、もとの生れたままの裸体にかえりかけたのである。諸・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・「きつね、こんこん、きつねのこ、 月よにしっぽが燃えだした。」「わあ、うまいうまい。わっはは、わっはは。」「第二とうしょう、きんいろメタル。」「こんどはぼくやります。ぼくのは猫のうたです。」「よろしいはじめっ。」・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・実際下から見たら、さっきの水はぎらぎら白く光って黒雲の中にはいって、竜のしっぽのように見えたかも知れない。その時友だちがまわるのをやめたもんだから、水はざあっと一ぺんに日詰の町に落ちかかったんだ。その時は僕はもうまわるのをやめて、少し下に降・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ 向こうの少し小高いところにてかてか光る茶いろの馬が七匹ばかり集まって、しっぽをゆるやかにばしゃばしゃふっているのです。「この馬みんな千円以上するづもな。来年がらみんな競馬さも出はるのだづぢゃい。」一郎はそばへ行きながら言いました。・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒のようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜のあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ それから毒ヶ森の麓の黒い松林の方へ向いて、きつねのしっぽのような茶いろの草の穂をふんで歩いて行きました。 そしたら慶次郎が、ちょっとうしろを振り向いて叫びました。「あ、ごらん、あんなに居たよ。」 私もふり向きました。もずが・・・ 宮沢賢治 「鳥をとるやなぎ」
・・・やがて風が霧をふっと払いましたので、露はきらきら光り、きつねのしっぽのような茶色の草穂は一面波を立てました。 ふと気がつきますと遠くの白樺の木のこちらから、目もさめるような虹が空高く光ってたっていました。白樺のみきは燃えるばかりにまっか・・・ 宮沢賢治 「虹の絵具皿」
出典:青空文庫