・・・夙に外国貿易に従事した堺の小島太郎左衛門、湯川宣阿、小島三郎左衛門等は納屋衆の祖先となったのか知れぬ。しかも納屋衆は殆ど皆、朝鮮、明、南海諸地との貿易を営み、大資本を運転して、勿論冒険的なるを厭わずに、手船を万里に派し、或は親しく渡航視察の・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・これは、矛盾ではなくして、正当の順序である。人間の本能は、かならずしも正当・自然の死を恐怖するものではない。彼らは、みなこの運命を甘受すべき準備をなしている。 故に、人間の死ぬのは、もはや問題ではない。問題は、実に、いつ、いかにして死ぬ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・には花は喜んで散るのである、其児の生育の為めには母は楽しんで其心血を絞るのである、生少かくして自己の為めに死に抗するも自然である、長じて種の為めに生を軽んずるに至るのも自然である、是れ矛盾ではなくして正当の順序である、人間の本能は必しも正当・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・彼女は小山の家の方の人達から鋏を隠されたり小刀を隠されたりしたことを切なく思ったばかりでなく、肉親の弟達からさえ用心深い眼で見られることを悲しく思った。何のための上京か。そんなことぐらいは言わなくたって分っている、と彼女は思った。 到頭・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・はるかの果てに地方の山が薄っすら見える。小島の蔭に鳥貝を取る船が一と群帆を聯ねている。「ね、鳩が餌を拾うでしょう」と藤さんがいう。「芝生に何か落ちてるんでしょうか」「あたしがさっき撒いておいたんです。いつでもあそこへ餌を撒くんで・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・もっとも解説者は小島政二郎氏であって、小島氏は、小説家としては私たちの先輩であり、その人の「新居」という短篇集を、私が中学時代に愛読いたしました。誠実にこの鴎外全集を編纂なされて居られるようですが、如何にせんドイツ語ばかりは苦手の御様子で、・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・この町では決闘は、若し、それが正当のものであったなら、役人から受ける刑罰もごく軽く、別に名誉を損ずるほどのことにならぬと聞いていた。私の歩いている道に、少しでも、うるさい毛虫が這い寄ったら、私はそれを杖でちょいと除去するのが当然の事だ。私は・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・誰がこの私のひたむきの愛の行為を、正当に理解してくれることか。いや、誰に理解されなくてもいいのだ。私の愛は純粋の愛だ。人に理解してもらう為の愛では無い。そんなさもしい愛では無いのだ。私は永遠に、人の憎しみを買うだろう。けれども、この純粋の愛・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・主観を言葉で整理して、独自の思想体系として樹立するという事は、たいへん堂々としていて正統のようでもあり、私も、あこがれた事がありましたが、どうも私は「哲学」という言葉が閉口で、すぐに眼鏡をかけた女子大学生の姿や、されこうべなどが眼に浮び、や・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・この諺ひとつの為に、日本のひとは、正当な尊敬の表現を失いました。私はあなたを、少しの駈引きも無く、厳粛に根強く、尊敬しているつもりでありますけれども、それでも、先生、とお呼びする事に就いては、たいへんこだわりを感じます。他意はございません。・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫