・・・こんな事を出がけにはどんな時でも忘れずにするって云うのも女だからなんかと思いながら、上り口から低い赤と白の緒の並んですがった白木の下駄をつっかけて出た。 うすっくらいほそい町を歩きながら、女は懐手をして小石をつまさきでけりながら、今にも・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・次は上々官金僉知、朴僉知、喬僉知の三人で、これは長崎で造らせた白木の乗物に乗っていた。次は上官二十六人、中官八十四人、下官百五十四人、総人数二百六十九人であった。道中の駅々では鞍置馬百五十疋、小荷駄馬二百余疋、人足三百余人を続ぎ立てた。・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・ この広間に白木の長い卓と長い腰掛とが、小道具として据え附けてある。これは不断片附けてある時は、腰掛が卓の上に、脚を空様にして載せられているのだが、丁度弁当を使う時刻なので、取り卸されている。それが食事の跡でざっと拭くだけなので、床と同・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・しかしこれほどの用事を帯びて来て、それを二人の娘の母親に話さずにも帰られぬと思って、直談判をして失敗した顛末を、川添のご新造にざっと言っておいて、ギヤマンのコップに注いで出された白酒を飲んで、暇乞いをした。 川添のご新造は仲平贔屓だった・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫