・・・ 世界を震撼させた「十月」がやがて来た。 ゴーリキイは、当時自分の主宰していた『新生活』紙上で、この新しい人類の世紀の正しい理解をひろめるために、又、レーニンに対する逆宣伝を破るために精力的な活動を惜まなかった。彼は人民委員会の顧問・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
・・・―― 子供の心にも、白々と雨戸のしまった空家は、叢が深ければ深いだけ、フッと四辺が森閑とした時変な気持を起させるのか、荒庭は直放棄されてしまった。 もう子供の声もしない。草がのびる。草ばかり夜昼繁茂する。夜半、目が醒める。微に草の葉・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
・・・明瞭な悪意がないと云うことと、しかも所有権被震撼者が神経消耗をやったあげく時には五日もかかる自動車修繕代を支弁しなければならぬと云うところに娯楽の現代漫画性がある。「賃金は低下されなければならぬ」ボールドウィン。「然り、だが仲裁・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・ ブック・レビュウをして深く感じることは、ただ月二三冊の新刊の本をとりあげていって見ても、読者の本を読んでゆく一貫した方法というものに対しては、大して貢献するところがないであろうという不安である。そこで、本月と来月とはこれまでのいわばし・・・ 宮本百合子 「若い婦人のための書棚」
・・・六十九歳まで生きた父がもう生き続けていられなくなった生命の不調和は、亡くなる日の午後まで元気とユーモアに充ちていた丸々した体内に震撼的に現れたのであった。 私は一月の半ばごろ面会に来た妹から極く手軽い口調で父が入院したことを知らされた。・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・然るに昨年の暮におよんで、一社員はまた予をおとずれて、この新年の新刊のために何か書けと曰うた。その時の話に、敢て注文するではないが、今の文壇の評を書いてくれたなら、最も嬉しかろうと云うことであった。何か書けが既に重荷であるに、文壇の事を書け・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・それを維新の時、先代が殆ど縁を切ったようにして、家の葬祭を神官に任せてしまった。それからは仏と云うものとも、全く没交渉になって、今は祖先の神霊と云うものより外、認めていない。現に邸内にも祖先を祭った神社だけはあって、鄭重な祭をしている。とこ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・当山は勅願の寺院で、三門には勅額をかけ、七重の塔には宸翰金字の経文が蔵めてある。ここで狼藉を働かれると、国守は検校の責めを問われるのじゃ。また総本山東大寺に訴えたら、都からどのような御沙汰があろうも知れぬ。そこをよう思うてみて、早う引き取ら・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・そうして、暫くは森閑とした宮殿の中で、脱皮を掻きむしるナポレオンの爪音だけが呟くようにぼりぼりと聞えていた。と、俄に彼の太い眉毛は、全身の苦痛を受け留めて慄えて来た。「余はナポレオン・ボナパルトだ。余はナポレオン・ボナパルトだ」 彼・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・全世界を震撼させたナポレオンの一個の意志は、全力を挙げて、一枚の紙のごとき田虫と共に格闘した。しかし、最後にのた打ちながら征服しなければならなかったものは、ナポレオン・ボナパルトであった。彼は高価な寝台の彫刻に腹を当てて、打ちひしがれた獅子・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫