・・・――十五日には、いつも越中守自身、麻上下に着換えてから、八幡大菩薩に、神酒を備えるのが慣例になっている。ところが、その日は、小姓の手から神酒を入れた瓶子を二つ、三宝へのせたまま受取って、それを神前へ備えようとすると、どうした拍子か瓶子は二つ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・この婆娑羅の大神と云うのが、やはりお島婆さんのように、何とも素性の知れない神で、やれ天狗だの、狐だのと、いろいろ取沙汰もありましたが、お敏にとっては産土神の天満宮の神主などは、必ず何か水府のものに相違ないと云っていました。そのせいかお島婆さ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・個人が社会と戦い、青年が老人と戦い、進取と自由が保守と執着に組みつき、新らしき者が旧き者と鎬を削る。勝つ者は青史の天に星と化して、芳ばしき天才の輝きが万世に光被する。敗れて地に塗れた者は、尽きざる恨みを残して、長しなえに有情の人を泣かしめる・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・「あれ、虫だとよう、従七位様、えらい博識な神主様がよ。お姫様は茸だものをや。……虫だとよう、あはは、あはは。」と、火食せぬ奴の歯の白さ、べろんと舌の赤い事。「茸だと……これ、白痴。聞くものはないが、あまり不便じゃ。氏神様のお尋ねだと・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・初めから長袖を志望して、ドウいうわけだか神主になる意でいたのが兄貴の世話で淡島屋の婿養子となったのだ。であるから、金が自由になると忽ちお掛屋の株を買って、町人ながらも玄関に木剣、刺叉、袖がらみを列べて、ただの軽焼屋の主人で満足していなかった・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ましてやその他の月卿雲客、上臈貴嬪らは肥満の松風村雨や、痩身の夷大黒や、渋紙面のベニスの商人や、顔を赤く彩ったドミノの道化役者や、七福神や六歌仙や、神主や坊主や赤ゲットや、思い思いの異装に趣向を凝らして開闢以来の大有頂天を極めた。 この・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・これは文学の神様のものだから襟を正して読め、これは文学の神様を祀っている神主の斎戒沐浴小説だからせめてその真面目さを買って読め、と言われても、私は困るのである。考えてみれば、日本は明治以後まだ百年にもならぬのに、明治大正の作家が既に古典扱い・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ねぎさんというのはこの土地の言葉で神主のことを言うのである。峻は善良な長い顔の先に短い二本の触覚を持った、そう思えばいかにも神主めいたばったが、女の子に後脚を持たれて身動きのならないままに米をつくその恰好が呑気なものに思い浮かんだ。 女・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ よそから毎晩のようにこの置座に集まり来る者二、三人はあり、その一人は八幡宮神主の忰一人は吉次とて油の小売り小まめにかせぎ親もなく女房もない気楽者その他にもちょいちょい顔を出す者あれどまずこの二人を常連と見て可なるべし。二十七年の夏も半・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・また彼と同年だった、地主の三男は、別に学問の出来る男ではなかったが、金のお蔭で学校へ行って今では、金比羅さんの神主になり、うま/\と他人から金をまき上げている。彼と同年輩、または、彼より若い年頃の者で、学校へ行っていた時分には、彼よりよほど・・・ 黒島伝治 「電報」
出典:青空文庫