・・・この広汎な人間的めざめを土台として、新しい民主的作品が大衆の生活に浸透する必然をもちはじめたのである。この現実から民主的文学運動における批評は、全く新鮮な任務を帯びている。民主主義文学運動の批評活動は、ブルジョア批評の仕事のように一つ一つき・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・自分が、努力し、自分の力でその力のうちに、滲透して行きさえすれば、どこまでも拒むことなく入れてはくれる。けれども、自分が死ぬべきときがくれば、その同じ力は、自分を間違うこともなく、取りのけにもせずに死なせるだろう、自分がどんなに惨めらしい敗・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・日露戦争後、戦勝とともに日本の文化に滲透して来た自然主義の主張というものも、今日顧みればこの文芸思想の発生地であるフランスにおける理解、文学的成果と日本のそれとの間には微妙な変化が認められる。日本では、馬琴流の、封建的な道徳観に対する反撥と・・・ 宮本百合子 「「土」と当時の写実文学」
・・・思想は、人間が生きているということと全く切りはなせないものであるという自覚が、各人の日常生活態度に浸透しつくしていなかった。そのために、「戦没学生の手紙」一冊をさえ我がものとしてのこすことが出来なかったとともに、今日生きている幾千万の若い精・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・興味以上に深く素材に浸透していないということではございますまいか。 このような用語が許されるならば、前者は感情的偏狭により、後者はその殉情的 extravagance により、倶に、心に迫る芸術的真実の生命を欠いているように思われるので・・・ 宮本百合子 「野上彌生子様へ」
・・・カフェーに見出したところに、子供のうちから消費生活にだけ馴らされた娘の気分と、今日の貴族階級が生活感情の実質においては、赤化子弟に対する宗秩寮の硬化的態度に逆比例するデカダンスや低俗なエロティシズムに浸透されていることが分る。 良子嬢に・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・そしてそのひどい震盪は、純文学の枢軸であった人間としての自我の拠りどころを全く見失わせるに至った。この純文学の悲劇は、しかしながら既に数年に亙って準備されていたものであったとも云える。何故なら、プロレタリア文学との対立の時期に於ても、純文学・・・ 宮本百合子 「文学精神と批判精神」
・・・このとき長十郎の心頭には老母と妻とのことが浮かんだ。そして殉死者の遺族が主家の優待を受けるということを考えて、それで己は家族を安穏な地位において、安んじて死ぬることが出来ると思った。それと同時に長十郎の顔は晴れ晴れした気色になった。・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・自分は這入っているものと見える。いやいや。そうではない。倅の謂うのは、神学でも覗いて見て、これだけの教義は、信仰しないまでも、必要を認めなくてはならぬと、理性で判断した上で認めることである。自分は神道の書物なぞを覗いて見たことはない。又自分・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・しかもこれらの風物は徹頭徹尾著者の人格に滲透せられているのである。「観る」とはただ受容的に即自の対象を受け取ることではない。観ること自身がすでに対象に働き込むことである、という仕方においてのみ対象はあるのである。我は没せられつつ、しかも対象・・・ 和辻哲郎 「『青丘雑記』を読む」
出典:青空文庫