・・・ 私は荒涼とした思いをいだきながら、この水のじくじくした沼の岸にたたずんでひとりでツルゲーネフの森の旅を考えた。そうして枯草の間に竜胆の青い花が夢見顔に咲いているのを見た時に、しみじみあの I have nothing to do wi・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・窓から外を見ると運動場は、処々に水のひいた跡の、じくじくした赤土を残して、まだ、壁土を溶かしたような色をした水が、八月の青空を映しながら、とろりと動かずにたたえている。その水の中を、やせた毛の長い黒犬が、鼻を鳴らしながら、ぐしょぬれになって・・・ 芥川竜之介 「水の三日」
・・・お神さんは私を引入れましたが、内に入りますと貴方どうでございましょう、土間の上に台があって、荒筵を敷いてあるんでございますよ、そこらは一面に煤ぼって、土間も黴が生えるように、じくじくして、隅の方に、お神さんと同じ色の真蒼な灯が、ちょろちょろ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・雨はだんだん密になるので外套が水を含んで触ると、濡れた海綿を圧すようにじくじくする。 竹早町を横ぎって切支丹坂へかかる。なぜ切支丹坂と云うのか分らないが、この坂も名前に劣らぬ怪しい坂である。坂の上へ来た時、ふとせんだってここを通って「日・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・「あるけるかい」「あるけるとも。ハンケチがあるなら抛げてくれたまえ」「裂いてやろうか」「なに、僕が裂くから丸めて抛げてくれたまえ。風で飛ぶと、いけないから、堅く丸めて落すんだよ」「じくじく濡れてるから、大丈夫だ。飛ぶ気遣・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫