・・・僕は時と場合とに応じ、寮雨位辞するものに非ず。僕問う。「君はなぜ寮雨をしない?」恒藤答う。「人にされたら僕が迷惑する。だからしない。君はなぜ寮雨をする?」僕答う。「人にされても僕は迷惑しない、だからする。」恒藤は又賄征伐をせず。皿を破り飯櫃・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・最も近代人的態度を持する島村抱月君もまた恐らくこの種の葛藤を属々繰返されるだろう。 この殆んど第二の天性となった東洋的思想の傾向と近代思想の理解との衝突は啻に文学に対してのみならず総ての日常の問題に触れて必ず生ずる。啻に文人――東洋風の・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・と打消し、そこそこに博士の家を辞するや否、直ぐその足で私の許を訪い、「今、坪内君から聞いて来たが、君はこうこういったそうだ。飛んでもない誤解で、毛頭僕はそんな事を考えた事はない、」と弁明した。復た例の癖が初まったナと思いつつも、二葉亭の権威・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・不断の感激を心に持するということは、其の人が特殊な理想主義者でなければならない。人間性の為めの勇敢な戦士であらねばならぬ。現実が極めて安意な無目的の状態に見えるのも、或いは希望の光りに輝いて見えるのも畢竟、主観的の問題である。其の人を離れて・・・ 小川未明 「囚われたる現文壇」
・・・忍術というのは明治になっては魔法妖術という意味に用いられたが、これは戦乱の世に敵状を知るべく潜入密偵するの術で、少しは印を結び咒を持する真言宗様の事をも用いたにもせよ、兵家の事であるのがその本来である。合気の術は剣客武芸者等の我が神威を以て・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ 近ごろ、某大官が、十年前に、六百年昔の逆賊を弁護したことがあったために、現職を辞するのやむなきに立ち至ったという事件が新聞紙上を賑わした。なるほど、十年前の甲某が今日の甲某と同一人だということについては確実な証人が無数にある。従ってこ・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・余が博士を辞する時に、これら前人の先例は、毫も余が脳裏に閃めかなかったからである。――余が決断を促がす動機の一部分をも形づくらなかったからである。尤も先生がこれら知名の人の名を挙げたのは、辞任の必ずしも非礼でないという実証を余に紹介されたま・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・けれども、一部の作家が全く窒息させられていた何年かの間、少くともその書房は、将来の展望を失わず、文化の本質に対して持するところある態度を保って来ていた。ただ断ってしまうのは、何か気のすまないところがあったので、考えた末、もしや、そこならば、・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・組合の活動にしろ戦争反対、ファシズム反対を持するこころもちとその行動、金でいえば五千円の越年資金を闘いとる行動にしろ、みんなその本質は解放を求める人民としての精神が、肉体の行為によってしめされたものである。だのに、どうして文学ではこの実際で・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
・・・されどこの主義の下に奮闘するは辞するところでない。吾人の胸には親愛義荘の権化たる「全き者」の影を抱き、その反影たる犠牲の念の下に力ーライルの言う「義務」をなし果たさん事を思う。かくて吾人は厳々乎として現実の社会を歩みたい。 吾人はさらに・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫