・・・が、御辞退申しましては反って御意に逆う道理でございますから、御免を蒙って、一通り多曖もない昔話を申し上げると致しましょう。どうか御退屈でもしばらくの間、御耳を御借し下さいまし。「私どものまだ年若な時分、奈良に蔵人得業恵印と申しまして、途・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・さあそうきくから悪いわな。自体、お前と云うものがあるのに、外へ女をこしらえてすむ訳のものじゃあねえ。そもそもの馴初めがさ。歌沢の浚いで己が「わがもの」を語った。あの時お前が……」「房的だぜ。」「年をとったって、隅へはおけませんや。」・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・私はこれまで何一つしでかしてはいません。自体何をすればいいのか、それさえ見きわめがついていないような次第です。ひょっとすると生涯こうして考えているばかりで暮らすのかもしれないんですが、とにかく嘘をしなければ生きて行けないような世の中が無我無・・・ 有島武郎 「親子」
・・・フォルテブラッチョ家との婚約を父が承諾した時でも、クララは一応辞退しただけで、跡は成行きにまかせていた。彼女の心はそんな事には止ってはいなかった。唯心を籠めて浄い心身を基督に献じる機ばかりを窺っていたのだ。その中に十六歳の秋が来て、フランシ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・沢本 ガランスがなけりゃ、俺だって食えそうなものを辞退するわけじゃないぞ。ドモ又いいかげんをいうな。これは俺んだ。瀬古 そうがつがつするなよ。待て待て。今僕が公平な分配をしてやるから。これで公平だろう。沢本 四つに分けてど・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・なぜなれば、人間の思想は、それが人間自体に関するものなるかぎり、かならず何らかの意味において自己主張的、自己否定的の二者を出ずることができないのである。すなわち、もし我々が今論者の言を承認すれば、今後永久にいっさいの人間の思想に対して、「自・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・自己を軽蔑する人、地から足を離している人が、人生について考えるというそれ自体が既に矛盾であり、滑稽であり、かつ悲惨である。我々は何をそういう人々から聞き得るであろうか。安価なる告白とか、空想上の懐疑とかいう批評のある所以である。 田中喜・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・で、辞退も会釈もさせず、紋着の法然頭は、もう屋形船の方へ腰を据えた。 若衆に取寄せさせた、調度を控えて、島の柳に纜った頃は、そうでもない、汀の人立を遮るためと、用意の紫の幕を垂れた。「神慮の鯉魚、等閑にはいたしますまい。略儀ながら不束な・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・三島で下りると言うと、居士が一所に参って、三島の水案内をしようと言います。辞退をしましたが、いや、是非ひとつ、で、私は恐縮をしたんですがね。実は余り恐縮をしなくても可さそうでしたよ。御隠居様、御機嫌よう、と乗合わせた近まわりの人らしいのが、・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 小宮山は慇懃に辞退をいたしまする。 十七「これを知っていなさるかえ。」 と二の腕を曲げて、件の釘を乳の辺へ齎して、掌を拡げて据えた。「どう致しまして。」「知らない?」「いえ、何、存じておりま・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
出典:青空文庫