・・・デスデモーナの悲劇は、限りないオセロへの従順さ、献身が、はっきりした判断と意志とを欠いていたために、事態を悪い方へ悪い方へと発展させイヤゴーの奸智に成功を与えるモメントとなっている。こういうデスデモーナを思うとき、私たちの心には、自然さっき・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ 昨今の日本では、数日うちに、事態がどしどしと推移してゆく。私たちも、それに馴れて来ている。しかし、この板橋での出来ごとや強制買上げ案、警視庁の意見の公表の調子などの間には、私たち人民が、ふむ、こんな風か、と読みすごしてはならない、極め・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・ リオンスの作家観をもってすれば、芸術院へ入ることを正宗白鳥氏がことわったことも、藤村氏が辞退したことも、荷風氏が氏の流儀ではねつけたのも、悉くわけのわからないことになるのである。リオンスによれば「一般に作家というものは、だいいち人間が・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
・・・ 番頭に蹴飛ばされそうになる雛どもを、ソーッと彼方へやりながら、禰宜様は幾度も幾度も辞退した。 が、番頭はきかない。 とうとう喋りまかされた禰宜様宮田は、海老屋まで出かけることになった。 店の繁盛なことや、暮しのいいことなど・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・いい加減の訳をよまされた上、景品として世界的現実の劇画まで与えられることは、私たちとして辞退したく思うのである。 体位の向上がひろく云われている以上、精神の体位を向上させることも、現代の任務の一つな筈である。 そんなことを考えていた・・・ 宮本百合子 「翻訳の価値」
・・・それは女は自分のいやな時は遠慮したり辞退したり笑いにまぎらしたりしてしまってよういに思ってる事がわからない、化物のようだからと人が云った。だけどこの頃は女が馬鹿になって男が前よりも利口になったんだか何だかしれないけれども、女って云うものが段・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・又七郎はそれを辞退した。竹は平日もご用に立つ。戦争でもあると、竹束がたくさんいる。それを私に拝領しては気が済まぬというのである。そこで藪山は永代御預けということになった。 畑十太夫は追放せられた。竹内数馬の兄八兵衛は私に討手に加わりなが・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 妙な字体で書いてある。何か拠があって書いたものか。それとも独創の文字か。 かわるがわる泉を汲んで飲む。 濃い紅の唇を尖らせ、桃色の頬を膨らませて飲むのである。 木立のところどころで、じいじいという声がする。蝉が声を試みるの・・・ 森鴎外 「杯」
・・・文と事との不調和である。文自体においてはなお調和を保つことが努められている。これに反して仮りに古言を引き離して今体文に用いたらどうであろう。極端な例をいえば、これを口語体の文に用いたらどうであろう。 文章を愛好する人はこれを見て、必ずや・・・ 森鴎外 「空車」
・・・さて、自分の云う感覚と云う概念、即ち新感覚派の感覚的表徴とは、一言で云うと自然の外相を剥奪し、物自体に躍り込む主観の直感的触発物を云う。これだけでは少し突飛な説明で、まだ何ら新しき感覚のその新しさには触れ得ない。そこで今一言の必要を認めるが・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫