・・・ キリストは自己のために万人を救うたのだと云うたワイルドの言を正しいと思う。 彼の最も清浄な、涙組むまで美くしい心のあふれ出た「獄中記」の中で、「基督は、何者にもまして個人主義者の最高の位置を占むべき人である」と云うて居る。・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・『新ライン新聞』の名誉とケルン市における友人の名誉を救うために、カールはイエニーの銀器類までを含めて一切の財産を売った。イエニーは手紙の中に書いた。「三人の子供と四番目の子供の誕生。それが何を意味するかを知るためにはあなたは此処ロンドン・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・娘さんは、うけ口の顎を掬うように柱時計を見上げ、「ひどいわ」と云った。「八時頃来るから、そうしたらすぐ帰してやるって云った癖して!」 朝の六時頃、いつものとおりに弁当をつめて何の気もなくいざ会社へ出かけようとしているところへ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・そこでわしは旅人を救うてやろうと思い立った。さいわいわしが家は街道を離れているので、こっそり人を留めても、誰に遠慮もいらぬ。わしは人の野宿をしそうな森の中や橋の下を尋ね廻って、これまで大勢の人を連れて帰った。見れば子供衆が菓子を食べていなさ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・この綱は二本の繊維素で出来ている所謂る綱であり、この綱は捻じれたままの方向に捻じればますます強くなるだけだが、一たび逆に捻じれば直ちに断ち切れ、鵜の首を自由にしてその生命を救う仕掛けを持った綱であった。 私は物の運動というものの理想を鵜・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・しかも彼の心理観察の周密は常に描写のカリカチュアに堕するのを救う。従って彼の描写は簡素の限度だと言う事もできる。 ストリンドベルヒの頭は恐ろしくよい。ゾラの頭はきわめて平凡である。五 告白の欲望はともすれば直ちに製作衝動・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・蓮華草の田がすき返され、塀の外田に蛙が鳴き、米倉の屋根に雀が巣くう、というような情景もそうであるが、やがて郭公の来鳴くころに、弟と笹の葉とりに山に行き粽つくりし土産物ばなしここへ来る一里あまりの田のへりを近路といへばまた帰り行く・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫