・・・けれど、どこにもすばしこい猟犬の鳴き声をきくし、狡猾な人間の銃をかついだ姿を見受けるし、安心して、みんなの休むところがなかったのです。そして、ようやく、この禁猟区の中のこの池を見いだしたというようなわけです。」と、老いたるがんに向かって、い・・・ 小川未明 「がん」
・・・ 愉快な奴じゃないか、こんなに沢山の人間が居るのに、知らんまに這入ってきて、×くだけ××を×いたら、また、知らんまに出て行っちまって居るんだ。すばしこい奴だな。」二 慰問袋 壁の厚い、屋根の低い支那家屋は、内部はオンドル式に・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ら、ほとんど這うようにして栃木県の生家にたどりつき、それから三箇月間も、父母の膝下でただぼんやり癈人みたいな生活をして、そのうちに東京の、学生時代からの文学の友だちで、柳田という抜け目の無い、なかなかすばしこい人物が、「金はある。新雑誌を発・・・ 太宰治 「女類」
・・・ わしのすばしこい眼の奴は、ちゃんと見ぬいてしもうたワ、恋のやっこになってござるとナ。云うまでもなくシリンクスの肌のしなやかさをしとうてじゃ。第一の精霊 アポロー殿がとび切りの上機嫌の今日でさえ嬉しがりもせず笑いもせなんだものと云う謎は・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
鍋はぐつぐつ煮える。 牛肉の紅は男のすばしこい箸で反される。白くなった方が上になる。 斜に薄く切られた、ざくと云う名の葱は、白い処が段々に黄いろくなって、褐色の汁の中へ沈む。 箸のすばしこい男は、三十前後であろ・・・ 森鴎外 「牛鍋」
出典:青空文庫