・・・ 湯浅さんは先日チェホフを訳してもうじき新潮社から出るでしょうが文学を専攻するつもりのようです。私も向うの文学も劇も、亦こっちだと上演禁止になるような映画などを見て来たいと思ってます。私はそれから子供の世界にかなり興味を持っています。革・・・ 宮本百合子 「ロシヤに行く心」
・・・そして戦功によって立身をした。「聖戦」といわれた戦争の本質は終って見れば虚偽の侵略戦争であった。銃後の生活は護られていて、家庭から離れる不安と苦痛とを耐えていた人々は、帰って来て、焼けた家の屋根を葺いたのは、憐れな妻子の手であって、国家の手・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・けさの新聞には、「閃光を見るな、十秒間は伏せ」という原子委員会の警告さえのっている。 湯川秀樹博士は、このような軍事的発熱状態にある日本へ帰って来た。彼の科学者としての声に、ヒューマニティーある科学の展望を与える響を期待するのは、決して・・・ 宮本百合子 「私の信条」
・・・ 某つらつら先考御当家に奉仕候てより以来の事を思うに、父兄ことごとく出格の御引立を蒙りしは言うも更なり、某一身に取りては、長崎において相役横田清兵衛を討ち果たし候時、松向寺殿一命を御救助下され、この再造の大恩ある主君御卒去遊ばされ候に、・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・お袋は早く兄きが内へ帰られるようにというので、小さい不動様の掛物を柱に掛けて、その前へ線香を立てて、朝から晩まで拝んでいた。」「そこへ兄きがひょっこり帰って来た。お袋が馬鹿に喜んで、こうして毎日拝んだ甲斐があると云って不動様の掛物の方へ・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・男も女も、線香に火を附けたのを持って来て、それを砂に立てて置いて帰る。 中一日置いて三十一日には、又商人が債を取りに来る。石田が先月の通に勘定をしてみると、米がやっぱり六月と同じように多くいっている。今月は風炉敷包を持ち出す婆あさんはい・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・従って官能的表徴は外的直感が客観に対する関係に於て、より感性的に感覚的表徴より先行し直接的に認識され直感される。此のため官能的表徴は感覚的表徴よりもより直截で鮮明な印象を実感さす。が、実は感覚的表徴のそれのごとく象徴せられた複合的綜合的統一・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・栖方は俳人の高田の弟子で、まだ二十一歳になる帝大の学生であった。専攻は数学で、異常な数学の天才だという説明もあり、現在は横須賀の海軍へ研究生として引き抜かれて詰めているという。「もう周囲が海軍の軍人と憲兵ばかりで、息が出来ないらしいので・・・ 横光利一 「微笑」
・・・飛行機、潜航艇等が戦術の上に著しい変化をもたらしたのもわずかこの十年以来のことである。その他百千の新発明、新機運。それが未曾有の素早さで、あとからあとから人間に押し寄せて来た。その目まぐろしさが戦争突発以後ますます物狂おしく高まって来る。あ・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫