・・・火野葦平が、文芸春秋に書いたビルマの戦線記事の中には、アメリカの空軍を報道員らしく揶揄しながら、日本の陸軍が何十年か前の平面的戦術を継承して兵站線の尾を蜒々と地上にひっぱり、しかもそれに加えて傷病兵の一群をまもり、さらに惨苦の行動を行ってい・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・ われわれは、生産経済計画を百パーセントに充すとともに、文化戦線を閑却してはいけない。九千人の労働者から九百人の文学衝撃隊は、ちっとも多くないんだ。寧ろ少い!」 カサのない電球が天井から二箇所にぶら下って室内を照している。緊張した空・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・ しかし戦争にならなければそちらへ行けるでしょうと約束した月曜には、独軍が宣戦の布告もせずに武力に訴えながらベルギーを通過してフランスに侵入した。 パリの母は再び娘たちに書いた。「お互いにしばらくは、通信もできないかも知れません・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・それは後方の病院にも戦線の病院にもX光線の設備をほとんど持っていないという事である。あわれに打ちくだかれた骨の正しい手当、また傷の中の小銃弾や大砲の弾丸の破片をX光線の透写によって発見する装置が、この恐ろしい近代戦になくてもよいのであろうか・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・ケーテはその秋、次男を戦線で失った。この大戦の期間から、それにひきつづくドイツの人々の極度に困窮した不幸になった時代、フローレンス旅行以来しばらく沈黙していたケーテの創作は再び開始された。もう六十歳に近づいて、妻として母として重ねたかずかず・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・どこへの宣戦布告だ?――芝居がはねたのだ。舞台衣裳に働かす活溌な想像力はパイプのやにの中にさえ待ち合わさぬロンドンの一流から四流までの劇場で、幕が下り、また幕が上り、舞台から夜会服の男女俳優が同じように夜会服の男女観客に向ってうわ目を使いつ・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・全く侵略的な日本の支配者が独断で、人民に一言、一度の相談なく、天皇が宣戦詔勅を出して始めた戦争である。数百万の人が今度の戦争で命を失った。しかし、その人々は、言葉の正しい意味で自分達でした戦争で死んだのではなくて、不幸なその人達及び、私達人・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫