・・・あんなに、実務的精神をにくんだシェストフでさえ、全集を残している。だから、力んでもいいでしょう。僕は誰にでも、有名な人から手紙を貰うと、斯んな訳の分らぬ図々しい宣伝文を書く癖があるのでしょう。いや、この前、北川冬彦氏から五六行の葉書を貰った・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・レーノルズの全集をひやかしてこの異彩ある学者を礼讃してみたり、マクスウェルの伝記中にあるこの物理学者の戯作ヴァンパヤーの詩や、それを飾る愉快に稚拙なペン画を嬉しがったりした。そんな下らないことが、今から考えてみると、みんな後年の自分の生涯に・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・ 「レーリーの全集に収められた四四六篇の論文のどれを見ても、一つとしてつまらないと思うものはない。科学者の全集のうちには、時のたつうちには単に墓石のようなものになってしまうのもあるが、レーリーのはおそらく永く将来までも絶えず参考されるで・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
昭和二年の雨ばかり降りつづいている九月の末から十月のはじめにかけて、突然僕の身の上に、種類のちがった難問題が二つ一度に差し迫って来た。 難事の一は改造社という書肆が現代文学全集の第二十二編に僕の旧著若干を採録し、九月の・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・先生が大学の図書館で書架の中からポーの全集を引きおろしたのを見たのは昔の事である。先生はポーもホフマンも好きなのだと云う。この夕その烏の事を思い出して、あの烏はどうなりましたと聞いたら、あれは死にました、凍えて死にました。寒い晩に庭の木の枝・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・従って受働的習慣と能働的習慣との区別を論じた有名な最初の論文などは、近頃ティスセランの出版の全集が出るまでは読むことができなかった。能働的習慣と受働的習慣との区別の如きは面白い洞察と思う。コンディヤックの感覚論から出でて、その立場を守りなが・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・自家の全集の序である。これは少々難物だ。 余計な謙遜はしたくない。骨を折って自家の占め得た現代文壇における地位だけは、婉曲にほのめかして置きたい。ただしほのめかすだけである。傲慢に見えてはならない。 ピエエル・オオビュルナンは満足ら・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・紅葉全集の端本。馬琴の「白縫物語」、森鴎外の「埋木」と「舞姫」「即興詩人」などの合本になった、水泡集と云ったと思うエビ茶色のローズの厚い本。『太陽』の増刊号。これらの雑誌や本は、はじめさし絵から、子供であったわたしの生活に入って来ている。く・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
降誕祭の朝、彼は癇癪を起した。そして、家事の手伝に来ていた婆を帰して仕舞った。 彼は前週の水曜日から、病気であった。ひどい重患ではなかった。床を出て自由に歩き廻る訳には行かないが、さりとて臥きりに寝台に縛られていると何・・・ 宮本百合子 「或る日」
マルクス=エンゲルス全集というと、赤茶色クロース表紙の書籍が、私たちの目にある。この本のために、これまでの日本の読者は、どんなに愛情を経験し、また苦労をなめてきただろう。階級のある社会に生活をいとなんでいる以上、そのなかで・・・ 宮本百合子 「生きている古典」
出典:青空文庫