・・・これも順鶴と云う僧名のほかは、何も素性の知れない人物であった。 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ ところでお島婆さんの素性はと云うと、歿くなった父親にでも聞いて見たらともかく、お敏は何も知りませんが、ただ、昔から口寄せの巫女をしていたと云う事だけは、母親か誰かから聞いていました。が、お敏が知ってからは、もう例の婆娑羅の大神と云う、・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・……踊の稽古の帰途なら、相応したのがあろうものを、初手から素性のおかしいのが、これで愈々不思議になった。 が、それもその筈、あとで身上を聞くと、芸人だと言う。芸人も芸人、娘手品、と云うのであった。 思い懸けず、余り変ってはいたけれど・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・一度死んだ人間を無理に蘇生らしたり、マダ生きてるはずの人間がイツの間にかドコかへ消えてしまったり、一つ人間の性格が何遍も変るのはありがちで、そうしなければ纏まりが附かなくなるからだ。正直に平たく白状さしたなら自分の作った脚色を餅に搗いた経験・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・が、半分化石し掛った思想は耆婆扁鵲が如何に蘇生らせようと骨を折っても再び息を吹き返すはずがない。結局は甲冑の如く床の間に飾られ、弓術の如く食後の腹ごなしに翫ばれ、烏帽子直垂の如く虫干に昔しを偲ぶ種子となる外はない。津浪の如くに押寄せる外来思・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・雨や、風にいじめられていた私は、こうしていま蘇生っています。まだ、私は、これから先にも、いろいろのおもしろい有り様を見たり、話を聞くことができましょう――。「どうか、お日さま、私のお願いをきいてください。こうして、私はいま幸福な身の上で・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・同じく、文化を名目とはするものゝ、珍らしい、特志の出版家でもないかぎり、出版は、資本主義機構上の企業であり、商業であり、商品であり、また今日の如く、大衆を顧客とするには、著者の趣味如何にかゝわらず、粗製濫造も仕方のないことになるのです。・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・しまった感情や、また、或時、ある事件に対して、刹那ながらも心の全幅を掩うた感覚や、また、もはや忘れられんとして時々、頭の中に顔を出して来るような感情や、感覚が、さらに、一つ作家の作物を読むことによって蘇生されるならば、しばらくまた其の気分の・・・ 小川未明 「忘れられたる感情」
・・・見ると右の手の親指がキュッと内の方へ屈っている、やがて皆して、漸くに蘇生をさしたそうだが、こんな恐ろしい目には始めて出会ったと物語って、後でいうには、これは決して怨霊とか、何とかいう様な所謂口惜しみの念ではなく、ただ私に娘がその死を知らした・・・ 小山内薫 「因果」
・・・ 情夫かと思うと、夫婦だった。「太助」のお政も、その附近の者の顔ではない、別のタイプの男をつれて帰って来た。 素性の知れた、ところの者同志とでなければ、昔は、一緒にはならなかった。同村の者でなければ隣村の者と。隣村の者でなければ・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
出典:青空文庫