・・・私は一人でいて彼の名を思い浮かべただけでも、もういらいらし初める。そしてそのいらいらする事が自分ながら癪にさわる。 彼に対する私の態度は純一の正反である。それがあたかも、彼に打ち砕かれたような感じをさえ私の内に起こさせる。私は彼の前にひ・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・彼女は機械的に何の特長もない演技をもって芝居を初める。やがて時が迫って来て彼女の特有な心持ちにはいると、突如全身の情熱を一瞬に集めて恐ろしい破裂となり、熱し輝き煙りつつあるラヴァのごとくに観客の官能を焼きつくす。その感動の烈しさは劇場あって・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
一 過去の生活が突然新しい意義を帯びて力強く現在の生活を動かし初めることがある。その時には生のリズムや転向が著しく過去の生活に刺激され導かれている。そうしてすべての過去が「過ぎ去って」はいないことを思わせる。機縁の成熟は「過去」・・・ 和辻哲郎 「転向」
・・・睨み合う果てに噛み合いを初める。この地獄に似る混沌海の波を縫うて走る一道の光明は「道徳」である。吾人はここにおいて現代の道徳に眼を向ける。三 現代の因襲的道徳と機械的教育は吾人の人格に型を強いるものである。「人」として何らの・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫