・・・ 題材的には数年前になかった変化があって、例えば大石千代子氏のブラジル移民を描いた小説、小山いと子氏の「オイル・シェール」のような題材のもの、川上喜久子氏の朝鮮を背景とした作品など出ている。そのほか多くの婦人作家たちが、満州、支那、南洋・・・ 宮本百合子 「拡がる視野」
・・・万葉とは対蹠的な罪業や来世の観念に貫かれた王朝の精神というものを、万葉とともに、抽象的な情熱として愛するということは、殆ど理解しがたい迄に困難である。 このように相反する時代精神を享受する情熱が、何故に芭蕉の芸術的精神を肯けないのであろ・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・ 主人公の持つ方向と、作者の意企とは、それらの作品とむしろ対蹠的なものである。然し作品として見れば失敗の部に属すものとなっている要因を、その社会的根源にまで遡って見ると、私は、歴史的にはそれが「白夜」や「友情」その他の作家たちを今日あら・・・ 宮本百合子 「文学における古いもの・新しいもの」
・・・ 大石千代子さんは、ブラジルに十年の余も暮し、南洋にも暮し、書きたい題材はいっぱいあって苦しいくらいだという状態で、『山に生きる人々』という作品集を大陸開拓文芸懇話会の選書で出版していられる。 大石氏の題材は多く日本からの移民の生活・・・ 宮本百合子 「文学の大陸的性格について」
・・・ とかく女が狭い生活にとじこめられていたために、人生の視野がせばまって、我執だの偏執だのが女につきものの気質のように見られた一方の、その対蹠的な要求とでもいうべきものだったのかもしれない。やきもちをやかないこと、そして物わかりのよいこと・・・ 宮本百合子 「ものわかりよさ」
・・・箱根の温泉宿で、これら二人の女に対蹠する気質の清子が現れたところで、私たちは作者の死とともに作品の発展と完結とを奪われたのである。「明暗」においても、漱石は女が結婚すると人間として悪くなる、少くとも素直でなくなり、品性がよくなくなるとい・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・恋愛を夫婦愛の中核として見て、その発展と成熟との間におこる種々の問題こそ研究さるべきであるという常識は、日本の、現在でもなお結婚と恋愛とを切りはなして考える慣習と対蹠をなしている。 昔の日本人は、封建の柵にはばまれて、心に思う人と、親の・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
・・・苔を被ぶりたる大石乱立したる間を、水は潜りぬけて流れおつ。足いと長き蜘蛛、ぬれたる巌の間をわたれり、日暮るる頃まで岩に腰かけて休い、携えたりし文など読む。夕餉の時老女あり菊の葉、茄子など油にてあげたるをもてきぬ。鯉、いわなと共にそえものとす・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・そのべたべたと押し重なった鈍重な銅色の体積から奇怪な塔のような気品を彼は感じた。またその市街の底で静っている銅貨の力学的な体積は、それを中心に拡がっている街々の壮大な円錐の傾斜線を一心に支えている釘のように見え始めた。「そうだ。その釘を・・・ 横光利一 「街の底」
・・・ 根に対する情熱を鼓吹し、その根の本能的に好むところの土壌のありかを教え、そうして幾千年来堆積している滋養分をその根に供給してやるのが教育の任務である。特に大学教育の任務である。 大学が植木鉢に堕するか否かは、人の問題であって制度の・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫