・・・竹の小枝に結びつけられてある色紙には、女の子の秘めたお祈りの言葉が、たどたどしい文字で書きしたためられていることもある。七、八年も昔の事であるが、私は上州の谷川温泉へ行き、その頃いろいろ苦しい事があって、その山上の温泉にもいたたまらず、山の・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・これは、たどたどしい、甘えているようなお便りである。正直無類のやわらかな心情が、あんまり、あらわに出ているので、私は、はらはらした。山岸さんから「いちばんいい」という折紙をつけられている人ではないか。も少し、どうにかならんかなあ、と不満であ・・・ 太宰治 「散華」
・・・しかし、のろまな妻は列車の横壁にかかってある青い鉄札の、水玉が一杯ついた文字を此頃習いたてのたどたどしい智識でもって、FOR A-O-MO-RI とひくく読んでいたのである。 太宰治 「列車」
・・・の最後のゴールに向かってたどたどしい歩みを続けているもののようにも思われるのである。「文学も他の芸術も、社会人間の経済状態の改善に直接何かの貢献をするものでなければならない」というような考えや、また反対に「文学その他の芸術は芸術のための・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・小さい紙に女のいくらかたどたどしい字で「和服裁縫致します。何番地何某」と、姓だけしか書いてない紙が板塀や電信柱に貼られている。そこに、和服裁縫の内職という仕事にからみついている独特な雰囲気がある。 この節のようなインフレーションでどの家・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ 辛い事を堪え堪えして居る様子が、たどたどしい筆行きにあらわれて、親の有難味が始めて分ったなどと書いてあった。 お君の手紙のつくたびに栄蔵は山岸の方の話をあせった。 けれ共、小意志(の悪い若主人は、栄蔵があせればあせるほど、糞落・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 幅が狭い上に梢で遮ぎられた日光がよく差し透さないので、所々に苔の生えた其の道を弱いたどたどしい二人が登り切るのはなかなか大した事であった。 只何かの時にと持って居る叔父の杖は大変益に立って、滑ろうとする足を踏みしめる毎に、躰の重味・・・ 宮本百合子 「追憶」
出典:青空文庫