・・・能面のごとき端正の顔は、月の光の愛撫に依り金属のようにつるつるしていました。名状すべからざる恐怖のため、私の膝頭が音たててふるえるので、私は、電気をつけようと嗄れた声で主張いたしました。そのとき、高橋の顔に、三歳くらいの童子の泣きべそに似た・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・た眼にも優雅で、それに劇場や図書館、その他のビルディングにはいる時でも、下駄の時のように下足係の厄介にならずにすむから、私も実は一度はいてみた事があるのであるが、どうも、足の裏が草履の表の茣蓙の上で、つるつる滑っていけない。頗る不安な焦躁感・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・幅一間ばかりの長い廊下で、黒い板がつるつる光っていた。戸棚や何かがそこにあった。 廊下つづきの入口の方を見ると、おひろがせっせと雑巾がけをしていた。道太は茶の室へ出ていって、長火鉢の前に坐って、煙草をふかしはじめた。「みんな働くんだ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・私のようにどこか突き抜けたくっても突き抜ける訳にも行かず、何か掴みたくっても薬缶頭を掴むようにつるつるして焦燥れったくなったりする人が多分あるだろうと思うのです。もしあなたがたのうちですでに自力で切り開いた道を持っている方は例外であり、また・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ 第一、その粘土のところはせまくて、みんながはいれなかったのに、それにたいへんつるつるすべる坂になっていましたから、下のほうの四五人などは上の人につかまるようにして、やっと川へすべり落ちるのをふせいでいたのでした。一郎だけが、いちばん上・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・それは眼が赤くてつるつるした緑青いろの胸をもち、そのりんと張った胸には波形のうつくしい紋もありました。 小さいときのことですが、ある朝早く、私は学校に行く前にこっそり一寸ガラスの前に立ちましたら、その蜂雀が、銀の針の様なほそいきれいな声・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・その白い岩になった処の入口に、〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物のつるつるした標札が立って、向うの渚には、ところどころ、細い鉄の欄干も植えられ、木製のきれいなベンチも置いてありました。「おや、変なものがあるよ。」カムパネルラが、不思議・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・あの蒼白いつるつるの瀬戸でできているらしい立派な盤面の時計です。「さあじき一時だ、みんな仕事に行ってくれ。」農夫長が云いました。 赤シャツの農夫はまたこっそりと自分の腕時計を見ました。 たしかに腕時計は一時五分前なのにその大きな・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
・・・第一、その粘土のところはせまくて、みんながはいれなかったし、それに大へんつるつるすべる傾斜になっていたものだから、下の方の四、五人などは上の人につかまるようにして、やっと川へすべり落ちるのをふせいでいた。三郎だけが、いちばん上で落ち着いて、・・・ 宮沢賢治 「さいかち淵」
種山ヶ原というのは北上山地のまん中の高原で、青黒いつるつるの蛇紋岩や、硬い橄欖岩からできています。 高原のへりから、四方に出たいくつかの谷の底には、ほんの五、六軒ずつの部落があります。 春になると、北上の河谷のあちこちから、沢山・・・ 宮沢賢治 「種山ヶ原」
出典:青空文庫