・・・ 私たちは、その原因をあれこれと指摘し、罪を社会に転嫁するような事も致しません。私たちは、この世紀の姿を、この世紀のままで素直に肯定したいのであります。みんな卑屈であります。みんな日和見主義であります。みんな「臆病な苦労」をしています。・・・ 太宰治 「自信の無さ」
・・・自分たちの助平の責任を、何もご存じない天の神さまに転嫁しようとたくらむのだから、神さまだって唖然とせざるを得まい。まことにふとい了見である。いくら神さまが寛大だからといって、これだけは御許容なさるまい。 寝てもさめても、れいの「性的煩悶・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・軒端の材木から、熱のためにガスが噴き出て、それに一先ず点火されるのであろう。また、ちょろちょろと、青白い焔が軒端を伝って伸びて、と思うと、ちちと縮まり焔の列が短かくなり、また、ちょろちょろと伸びる。行きつ、戻りつ、それを、五、六度、繰りかえ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ただ一つのおもしろかったのは、麻糸か何かの束を黄蝋で固めた松明を買わされて持って行ったが、噴気口のそばへ来ると、案内者はそれに点火して穴の上で振り回した。そして「蒸気の噴出が増したから見ろ」と言うのだが、私にはいっこうなんの変わりもないよう・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・鉄球をころがしているお客も、見物している人達も、番をしている商人も一処になって時々笑い出す。天下泰平の趣がある。ヨーヨーの緊張時代のあとにコリントゲームの弛緩時代がめぐって来たものと見える。 三原山投身者もこの頃減ったそうである。・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・錯覚や誇張さらに転訛のレンズによってはなはだしくゆがめられた影像からその本体を言い当てなければならない。それを的確に成効しうるためにはそのレンズに関する方則を正確に知らなければならない、のみならず、またその個々の場合における決定条件として多・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・KとHは日本語でもしばしば転化するからここではかりに同じと見て、次のような子音分類をする。すなわちととを対立させると子音群数は Q = 7 となる。この場合 N(CC) = 48 であって m = 9であるから R = 7.6 となる。・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
・・・神棚の燈明をつけるために使う燧金には大きな木の板片が把手についているし、ほくちも多量にあるから点火しやすいが、喫煙用のは小さい鉄片の頭を指先で抓んで打ちつけ、その火花を石に添えたわずかな火口に点じようとするのだから六かしいのである。 火・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・こういう風に、聯想の火薬に点火するための口火のようなものを巧みに選び出す伎倆は、おそらく俳諧における彼の習練から来たものではないかと思われる。もう一つの例は『一代女』の終りに近く、ヒロインの一代の薄暮、多分雨のそぼ降る折柄でもあったろう「お・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・次にチョッキの隠袋から、何か小さなものを出して、火縄でそれに点火したのを、手早く筒口から投げ入れると、半秒足らずくらいの後に、爆然と煙が迸り出て、鈍い爆音が聞える。煙が綺麗な渦の環になってフワフワと上がって行く、すると高い所で弾が爆発して、・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫