・・・おおぜいの登場者の配置に遠近のパースペクチーヴがなく、粗密のリズムがないから画面が単調で空疎である。たとえば大評定の場でもただくわいを並べた八百屋の店先のような印象しかない。この点は舶来のものには大概ちゃんと考慮してあるようである。第三には・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・しかし単に墜落高度というだけのレコードならば飛行機搭乗者のほうにもっと大きい数字がありそうである。 レコードでもあまりありがたくないのがある。国辱的レコードというものもいろいろあるのである。二十余年前にワシントン府の青葉の町を遊覧自動車・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・池袋から乗り換えて東上線の成増駅まで行った。途中の景色が私には非常に気にいった。見渡す限り平坦なようであるが、全体が海抜幾メートルかの高台になっている事は、ところどころにくぼんだ谷があるので始めてわかる。そういう谷の所にはきまって松や雑木の・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・この人はジューリングと一緒に気球で成層圏の根元に近づき一時失神しながらも無事に着陸したという経験をもっていて、搭乗気球としての最高のレコードの保持者であった。鉄道幹線から分れた田舎廻りの支線、いわゆるクラインバーンの汽車の呑気なのに驚いたの・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・ だが、私たちは舞台へ登場した。 二 そこは妙な部屋であった。鰮の罐詰の内部のような感じのする部屋であった。低い天井と床板と、四方の壁とより外には何にも無いようなガランとした、湿っぽくて、黴臭い部屋であった。室の真・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・右手より曹長先頭にて兵士一、二、三、四、五、登場、一列四壁に沿いて行進。曹長「一時半なのにどうしたのだろう。バナナン大将はまだやってこない胃時計はもう十時なのにバナナン大将は帰らない。」正面壁・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・(ペンキ屋徒弟登場 看板を携爾薩待「ああ、君か、出来たね。」ペンキ屋「あの、五円三十銭でございます。」爾薩待「ああ、そうか。ずいぶん急がして済まなかったね。何せ今日から開業で、新聞にも広告したもんだからね。」・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
・・・遂には共に修羅に入り闘諍しばらくもひまはないじゃ。必らずともにさようのたくみはならぬぞや。」 けたたましくふくろうのお母さんが叫びました。「穂吉穂吉しっかりおし。」 みんなびくっとしました。穂吉のお父さんもあわてて穂吉の居た枝に・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・その純粋に経験された場合として、愛らしい夏子と村岡と夏子の死が扱われているわけなのだが、今日の時々刻々に私たちの生に登場して来ている愛と死の課題の生々しさ、切実さ複雑さは、それが夏子を殺した自然と一つものでないというところにある。 今日・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・文化的な仕事しかしていない東宝という映画製作所の闘争で、数千の武装警官と機銃をのせた甲虫が登場した光景は、フィルムにもおさめられた。言論の自由が民主的発言にたいしても、百パーセントの実効をあたえているだろうか。減刑運動という名のもとに、日本・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
出典:青空文庫