・・・の字軒の主人の話によれば、靴屋は半之丞の前に靴を並べ、「では棟梁、元値に買っておくんなさい。これが誰にでも穿ける靴ならば、わたしもこんなことを言いたくはありません。が、棟梁、お前さんの靴は仁王様の草鞋も同じなんだから」と頭を下げて頼んだと言・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・それを十分に考えてみることなしに、みずから指導者、啓発者、煽動家、頭領をもって任ずる人々は多少笑止な立場に身を置かねばなるまい。第四階級は他階級からの憐憫、同情、好意を返却し始めた。かかる態度を拒否するのも促進するのも一に繋って第四階級自身・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・九十の老齢で今なお病を養いつつ女の頭領として仰がれる矢島楫子刀自を初め今は疾くに鬼籍に入った木村鐙子夫人や中島湘烟夫人は皆当時に崛起した。国木田独歩を恋に泣かせ、有島武郎の小説に描かれた佐々木のぶ子の母の豊寿夫人はその頃のチャキチャキであっ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・『いらっしゃい』とお俊は起ってゆきましたが、しばらく何かその男とこそこそ話をしていましたが、やがて私の枕元に参りまして、『頭領が見えました、何かあなたにお話ししたいことがあるそうです』 なんの頭領だろうと思っていますうちに、その男は・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・白軍の頭領のカルムイコフは、引渡された過激派の捕虜を虐殺して埋没した。森の中にはカルムイコフが捕虜を殺したあとを分らなくするために血に染った雪を靴で蹴散らしてあった。その附近には、大きいのや、小さいのや、いろいろな靴のあとが雪の上に無数に入・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・翌朝出入の鳶の者や、大工の棟梁、警察署からの出張員が来て、父が居間の縁側づたいに土足の跡を検査して行くと、丁度冬の最中、庭一面の霜柱を踏み砕いた足痕で、盗賊は古井戸の後の黒板塀から邸内に忍入ったものと判明した。古井戸の前には見るから汚らしい・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ 昔は水戸様から御扶持を頂いていた家柄だとかいう棟梁の忰に思込まれて、浮名を近所に唄われた風呂屋の女の何とやらいうのは、白浪物にでも出て来そうな旧時代の淫婦であった。江戸時代の遺風としてその当時の風呂屋には二階があって白粉を塗った女が入・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・往年、その事大主義的な天質に従って学生運動の頭領となった一人の男が、同じ天質に従って今日は文化に対する統制の旗ふりとなっている現実である。小林多喜二的なものや芥川龍之介的なものが、発展的に批判されなければならないのは、もとより明かであるが、・・・ 宮本百合子 「数言の補足」
・・・プレハーノフはこの作品が発表された当時、既にメンセビキの頭領としてはっきりレーニンの党と対立していた。プレハーノフにとっては、これまでになく明らかな輪廓をもって自分に対立する大衆の姿を、ゴーリキイが描き出したことによって「母」を憎んだのであ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・武家の棟梁とその家人との関係が、全国的な武士階級の組織の脊梁であった。そうして初めは、彼らの武力による治安維持の努力が実際に目に見える功績であった。しかし後にはただ特権階級として、伝統の特権によって民衆の上に立っていたのである。しかし民衆運・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫