・・・私は、何一つ取柄のない男であるが、文学だけは、好きである。三度の飯よりも、というのは、私にとって、あながち比喩ではない。事実、私は、いい作品ならば三度の飯を一度にしても、それに読みふけり、敢て苦痛を感じない。私は、そんな馬鹿である。そう自分・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・とか「何も取柄のない女だ」などと平気でそんな毒口をきくような良人との間に、どうして純粋な清い愛があったといえましょう。こういう複雑な問題は、単にああなったことを、いいとか悪いとかというたような、世間並な批評は通用しないでしょう。夫人がこうい・・・ 宮本百合子 「行く可き処に行き着いたのです」
・・・ 稲子さんは一九三二年の夏は大森の実家が長崎へ引上げた後の家に生れたばかりの達枝と健造、七十を越したおばあさんを引つれて住み、秋、戸塚の方へ引越して来たのであった。大森の家へ行ったにしろ、それは実家の父親が発狂して職についていられなくな・・・ 宮本百合子 「窪川稲子のこと」
・・・どこに住んでよいかよく分らないけれど早稲田南町辺はどうかしらなど考えて居ります。戸塚へも近いし。市外はおやめです。夜などの出入りに淋しくて困るから。 この手紙はいろいろ盛り合わせになりました。 お体の様子は又くわしくお知らせ下さい。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・の中を林町へ行く前、グレタ・ガルボがクリスチナ女王という写真をとり、大変立派だという評判はもうずっときいていたが、机にかじりついていて、もう昭和館とかでいねちゃんが見たときいたので、私はバカネ、それが戸塚にあるキネマだと思って高田の馬場で降・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・◎バスにのって戸塚の方へ出たら雨がザーザーふっている。バスの前方のガラスを流れている。 降りる頃には またやんでしまっていた。◎芝居のかえり。初日で十二時になるアンキーとかいう喫茶。バーの女給。よたもん。茶色の柔い皮・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
出典:青空文庫